ミアが死んだ。
頭上から落下した看板の下敷きになって、"ミアだったもの"はぐちゃぐちゃに潰れてしまった。画面には、彼女の足だけが、血に染まった看板の下から覗いていた。
カメラ越しですら分かるその凄惨な状況をただ呆然と地面に崩れ落ちて見つめるルーナは、きっと今ここにいる子供たちが見ている光景よりもずっと"惨たらしいモノ"を見ていることだろう。
ルーナがその場から動く気配はなかった。救おうと伸ばした手が何を掴む訳でもなく、その上目の前で潰えた家族の姿を見れば、当然なのかもしれないが。
「…ッッッう"っ、ッ、」
2人の様子を写す映像を見ていた子供達は皆息を止めているかのように何も言わなかった。けれど数秒の沈黙の後、吐き気を堪えるようにサビクが口元を抑えた。
誰もが凍りついたように動けないでいる中、今にも倒れてしまいそうな程顔色を悪くさせたサビクは逃げるようにその場から立ち去った。
「………う そ」
目を見開き、震える声でイソラが小さく首を振る。ルーナがミアを殺そうとした瞬間も、ミアの突然の豹変も、全てをこの目で見ていたはずなのに、目の前で起きた出来事は何一つ理解が出来なかった。
震える息と静かな部屋、それに反してバクバクと煩い心臓の音。そんな子供達を嘲笑うように、悪魔の声が響く。
『___あはは。ゲーム終了 お疲れ様、ルーナちゃん』
尚もルーナは動かなかった。画面の前の子供たちも動けないでいた。彼女の様子を映したカメラがジジジッというノイズと共に歪む。それは映像の終わりを意味していた。
そして、モニターの電源が落ちる瞬間。そのノイズ音に混じるようにして、
「ッッっああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルーナの甲高い悲鳴が 響き渡った。
✝︎◆✝︎
子供達は孤児院の外でルーナの帰りを待っていた。その数分後、沈む夕日を背に神父と共にこちらへ戻って来たルーナは、両手で顔を覆いふらふらと覚束無い足取りで歩いていた。
「ッルーナさん!」
ひかりが、迷うこと無くルーナの元へと駆け寄った。暴走したミアによってボロボロに傷つけられた彼女からは酷い血の匂いがした。
「ひ…酷い怪我…、ルーナさん、大丈夫…ですか?何か僕に、出来ること、は…」
「……、…、……。」
「えっ…?今、なんて…?」
ルーナは何事かの言葉を発していた。ひかりは恐る恐る、両手で顔を覆い尚も俯いたままのルーナを覗き込んだ。僅かに手の隙間から彼女の様子を伺えた。しかしひかりはルーナの顔を見て、ヒュッと息を飲む。
見開かれた彼女の美しい空色の瞳に一切の光はなかった。涙か血か分からないほどにぐちゃぐちゃに汚れた彼女の表情には、何の色もなかった。
「……たしの せい わたしのせい わたしの せい わたしが わたしが わたし が わたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしがわたしが」
ブツブツと小さな声でそう繰り返す彼女はとうに壊れきっていた。かつての優しい母のような面影1つ残さぬルーナの姿を見て恐怖を感じたのか、ひかりは怯えたような表情をうかべる。それでもひかりは彼女に手を伸ばす。
「…ぁ、の、…るーな、さ」
「こないで」
「っへ、」
ルーナが、絞り出すような声でそう言った。その言葉は氷のように冷たかった。彼女からの明確な拒絶を受け、ひかりはその場から動けなくなってしまう。
「…ぁ、あ、……ぼ、ぼく、…僕は」
「ひかり」
「あ、」
そんなひかりの肩に、ニコラスが後ろから優しく手を置いた。振り向き目が合うと、ニコラスは安心させるように穏やかに微笑んだ。その笑みを見て、ひかりはほんの少し安堵する。
「……ルーナ、大丈夫ですか。怪我を治療しましょう、医務室へ…」
「ッッいや!!!!」
ルーナが悲鳴を上げニコラスの手を思いっきり弾いた。
「ぁ ぁあ 違 違うの わたし 私は ぁ、」
そうしてまた錯乱と共に我を失うルーナを見て、ニコラスは僅かに表情を曇らせる。きっと今は彼女に近づく事は出来ないだろうと悟ったニコラスは、そばに居た神父に伝える。
「神父様。彼女は薬品の匂いを嫌っています。医務室ではなく寝室の方へ連れて行って下さい。僕があとで治療品を持っていきます」
「分かった…ありがとう、ニコラス」
ニコラスに礼を言うと、神父はルーナを連れて寝室の方へと戻って行った。神父と共に去っていくルーナの後ろ姿を、子供たちは呆然と見つめていた。
「………ルーナお姉ちゃんじゃ ないみたい」
ぽつりと呟かれたミヤの言葉に、誰も返事はできなかった。
✝︎◆✝︎◆✝︎
館の中へ戻ったあと、ラーナはサビクを探し回っていた。モニターの映像を見て部屋を飛び出したきり、彼の姿を見かけなかった事を心配していたのだ。
ふと、キッチンの方から誰かの声がした。ラーナは動揺すること無く、確かな確信を持ってそちらへ歩を進めた。
近付くとそれが人の呼吸の音である事はすぐに分かった。声のするキッチンの前で立ち止まる。ラーナは恐る恐る中を覗くと、目の前で目撃したソレに驚いた様子で駆け寄る。
「サビクくん!!」
サビクは壁に身体を預け力無くもたれかかっていた。過呼吸とも呼べるその荒い息遣いは今にも死んでしまうのではないかと思う程に異常をきたしていた。サビクの元へ駆け寄ったラーナは下手に彼を刺激しないように、優しく背を撫でる。
「大丈夫?無理しないで、座って」
「っは、はーッぁ"、はっ、はぁッ、」
胸を抑え苦しそうに吸って吐いてを繰り返すサビクはラーナに言われるがまま崩れ落ちるように地面へしゃがみ込んだ。彼の落ち着きを取り戻す為に、ラーナが優しく声を掛ける。
「無理に息をしようとしちゃダメだ、大きく吸って、ゆっくり吐いて」
サビクの背を撫でながら、至極落ち着いた声でラーナがそう促した。酸素を求めて呼吸を繰り返していたサビクは彼の言葉通り、ゆっくりと息を吐く。
「そう、いい感じ。それを繰り返して。焦らないでいいから」
「ーーー、っは…、……ふ…、……、…」
何分かしてようやっとサビクの呼吸が落ち着いた。未だ一点を見つめぼんやりとした表情のサビクに、水を飲ませてあげようとラーナは立ち上がろうとする。
…が、それはサビクによって制止されてしまった。彼はラーナの服の裾をギュッと握っていた。
「大丈夫だよサビクくん、水とってくるだけだから、」
「…………れの」
「えっ?何て?」
サビクの言葉を聞こうと、ラーナが彼に視線を合わせるようにしてしゃがみ込む。サビクは、力無く声を出す。
「………おれの 大好きな家族が しんでいく どんどん、いなくなって く」
その声は完全に憔悴しきっていた。いつもの覇気が全く感じられぬその声にラーナは僅かに驚いた顔をするが、サビクは構わず続ける。
「おれの、居場所…おれの、宝物、世界でいちばん大事なもの、大好きなものが、どんどん、消えてなくなっていく エスピダもしんだ、ミアもしんだ、…あの子達が、何したって、いうんだよ」
「誰も何も悪いことしてないよ、みんな優しくて明るくて、いい子で、大切なオレの兄弟なんだ 大事な家族なんだ、なのに、どうして、何で、奪われなきゃいけないの」
「もう嫌だよ…これ以上オレから家族を奪わないでよ………大事なものを、"また"失うなんて、もう嫌 だ よ」
「みんなのお兄ちゃんなのに オレ 何も、出来ないなんて 最低だよ」
ゆらりと揺らいだ瞳からはとめどなく涙が溢れ出した。大切な家族たちが死んでいく姿を見ていることしか出来ない自分が憎くて仕方が無いと、彼は咽び泣いた。
そんなサビクにかける言葉が見つからないのか、或いは何も言うべきではないと判断したのか。ラーナは悲しそうな顔で、優しく彼の頭を撫で寄り添うだけだった。
…カチコチという時計が時を刻む音と、少年の啜り泣く声が響く静かな部屋。2人だけの空間でゆっくりと時が流れていく。
そんな静寂を取り壊すように、サビクが、嗚咽に交えてぽつりと吐き出すように呟いた。
「……………………オレも 死んだ方が いいのかなあ」
その瞬間。今まで優しく撫で寄り添っていたラーナの表情が一変する。
サビクの肩を掴み、容赦なく思い切り壁にドンッ!と強く押し付けた。突然の衝撃に驚きラーナを見上げたサビクは、涙で濡れた瞳を見開いた。
「そんなの許さない、死ぬなんてダメだ。そんな事したら、僕は絶対に君を許さないよ、サビクくん」
ラーナの顔は未だかつて見た事がない程に怒りに歪んでいた。今この瞬間彼がどれほどの怒りを感じているかは、ギリギリと自分の肩を掴む手の力から容易に理解出来た。
「い、ッてえ、って…ラーナ!」
あまりの力に顔を歪める彼の腕を掴む。するとラーナはハッとしたように力を緩める。その時にはいつものラーナに戻っていた。
「ご、ごめん、つい…!」
わたわたと慌てた後、どこか申し訳なさそうな顔をしながら彼は言う。
「……家族が死んでいく辛さも、悲しみも、怒りも、分かるよ…君がどんなに苦しんでいるのかも。…でも僕は君にあんな事言って欲しくないんだ。」
ラーナはサビクの冷えきった手をそっと包み込んだ。そうして懇願するような声と表情で伝える。
「…お願いだから、死んだ方がいいなんて言わないで。僕は君に生きてて欲しいよ、サビクくん」
ラーナの声はとても優しいものだった。ラーナの表情はとても柔らかかった。ラーナの手のひらはとても暖かかった。彼の想いは確かなものだった。
けれど
「…へ」
"生きてて欲しい"。
金色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめてそう言った。その言葉を聞いてサビクは目を見開いて固まった。
その言葉が、姿が、誰かと、何かと重なって、サビクの心を掻き乱す。それを誤魔化すように彼はぎゅ、っと自分の真っ黒なポンチョを握り締める。
…暫しの沈黙の後、やがてパッと顔を上げたサビクがニッと口角を上げる。
「………………………あはは!ごめんねラーナ。オレ お前のお兄ちゃんなのに、こんなに頼りなくて。そうだよね、あんな事言うべきじゃなかったよね」
サビクは優しく笑ってそう言った。彼の声はいつもと同じ穏やかなものだった。…しかしその笑みに明るさなど微塵も感じなかった。こちらに向けられた瞳はとうに光を失っている。それを見て、ラーナは焦燥にかられる。
「……サビ」
「ラーナのお陰でだいぶ良くなった。ありがとねぇ。晩御飯までベッド戻って休んどくよ、心配かけてごめん」
「な、ちょっと待ってよ!」
ラーナの言葉を遮るようにそう伝えると、壁を伝いよろよろと覚束無い足取りで、サビクはラーナから逃げるように離れていく。
…このままではダメだ。きっと彼に自分の言葉は届いていない。もしこのまま放っておいて、最悪の事態になったら__
自分を遠ざけるような言葉と、光のない淀んだ彼の瞳を見て、ラーナは直感的にそう感じたのだった。離れていくサビクの背をこのまま見送れば、彼は二度と、帰ってこないのじゃないのかと。
ラーナはほぼ反射的に、去って行くサビクの腕をがしっと掴んでいた。
「…どうしたの?ラーナ」
「あのね、サビクくん」
「あはは。なーに?」
寂しい唇に冷ややかな笑いの影を浮かべ彼は微笑んだ。それはあまりにも機械的だった。ラーナは、ふう、と小さく深呼吸をした後、真剣な顔で彼を見る。
「きみと、話をしたいんだ」
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
「…大丈夫?ひかり…」
「…………」
ソファの上で、膝を抱えずっと俯いたままのひかりにアシュが恐る恐る声を掛けた。反応のないひかりをみて、少し迷ったあと彼の隣へ腰掛ける。
「ルーナのこと、おれもびっくりしたけど…きっと大丈夫だよ!神父さまやニコラスがいるし、きっとすぐによくなるって」
人を励ますことにあまり慣れていないのか、アシュはぎこちなくひかりの背を撫で微笑んだ。少しでも、彼の心が楽になればいいなと思って。
「……ルーナさん、…とっても、苦しそうでした…」
ひかりが膝を抱えたまま話す。
「それに…ルーナさんに、あんな風に拒絶されたのも初めてでした。ルーナさんはいつも、僕のことをいい子だって…優しく、して、くれるから」
ひかりの声は所々裏返っていた。それを聞いて、アシュはすぐに彼が泣いているのだということに気づく。
「ぼく、ルーナさんに、嫌われてしまったかもしれません。ぼくが何も出来なかったから、ルーナさんやミアちゃんのこと、助けれなかったから」
「ひかり、」
「ルーナさん、何も出来ないダメなぼくのこと、嫌いになったのかなあ。ぼくが、お利口じゃないから、ずっと見てただけだから、嫌われ、たかも、」
そうして喋っているうちに、ひかりの麻痺した心に悪夢のような恐怖が膨れ上がる。彼は自分の頭を抱えるようにして、叫ぶ。
「…っいやだ、嫌だ嫌だ嫌だっ嫌われたくない、きらわれたくない!ぼくがかわりにしねばよかった!そしたらきっと、ルーナさんも、あんな風にならなかった!」
「嫌われるのは嫌だ、嫌われるのは怖い、どうしたらいいの?どうしたらいいの?嫌だ、嫌だよお」
「ひかり!!」
幼子のように泣きじゃくる彼に、アシュが大きな声で名前を呼ぶ。それにビクッと体を震わせたひかりは、恐る恐る顔を上げ、隣にいるアシュの方を見る。
…しかしアシュは、ひかりが思っていたよりもずっと優しい顔をしていた。
「…ひかりは何も悪くない、何も悪くないんだよ。お前がいいやつだってこと ぼく知ってるもん。ルーナがああなったのはひかりのせいじゃないし、ひかりは嫌われてなんかないよ。ただちょっぴり、時間が必要なだけ」
アシュは、ひかりをぎゅっと抱きしめる。
「だから、そんな悲しいこと言わないでよ…ひかりは優しくて、賢くて、いい子だから…ルーナの為…家族のために出来ること、きっとあるよ」
その言葉と温もりに、ひかりは心の穴が塞がっていくような感覚を得る。
「……本当…?ぼく、まだルーナさんや他の皆の為に出来ること、…ある、でしょうか」
「あるよ!ぼく…、…や、おれはひかりと話してると安心出来るもん」
パッと離れアシュがひかりを見つめてそう言った。彼のリンゴ色の瞳に嘘はなく、与えられた真っ直ぐな愛情はとても暖かかった。
「………ん、うん…わかりました、…ありがとうございますアシュさん、僕……もっと頑張ってみます」
「ひかりは十分頑張ってるよ」
そう言ってアシュはぽんぽんとひかりの頭を撫でた。ひかりは嬉しそうで、ちょっぴり恥ずかしそうに泣き濡れた瞳で微笑んだ。
そんな2人の背後から人影がひとつ。それはゆらりと近づくと、2人の肩へバッと勢いよく手を置いた。
「っばあ!!何や2人ともそんな顔して!暗い顔しとったら幸せ逃げてくで!!」
「っうわー!?パロくん急に後ろから来ないでよびっくりした!!」
「えへへっ大成功〜!」
驚かせるようにアシュとひかりの肩に手を置いたのはパロディだった。彼はニコニコと眩しいまでに明るい笑顔でケタケタと笑った。
「どしたんひかりくん、アシュくんになんかされたん?」
「ちがうってば!」
「っあはは、アシュさんは僕のこと励ましてくれたんです」
「そっかあー、ええ子やなぁ〜」
「な、撫でないでよ〜!」
アシュの頭をわしゃわしゃと撫でるパロディ。そんなふたりの様子を見て、不安な気持ちが無くなったひかりはクスクスと笑った。
「そうや!2人ともシスターの夜ご飯のお手伝いしたってくれへん?シスター忙しそうやったから〜」
「え、パロくんは?」
「おれ皿割るからパス〜」
「ずるいですよパロさん」
「あははっうそうそ!ちゃんと後から行くから先行っといて!」
「ほんとかなあ…?わかった、じゃー行こ、ひかり」
「はいっ」
アシュはひかりと手を繋ぎシスターの元へと去って行く。途中振り返ってパロディに"約束破らないでよ!"と釘を打った後、2人はその場を後にした。
2人に手を振り見送った後1人残ったパロディは、何か目的があるのだろうか。そのままくるりと振り返り、2階へと上がっていく。
2階へ上がり、そのまま寝室の元へと歩を進める。扉は開きっぱなしになっていて、中からは人の気配がした。こっそりと近づいて、パロディはひょこりと寝室を覗き込んだ。
そこには、ベッドに眠るルーナと、その傍に座るニコラスがいた。目当ての人物を発見したパロディは、彼に声をかけようとするが…その後ろ姿はいつもと違う雰囲気を放っているような気がして、迷ってしまった。
しかし、そうして扉付近でわたわたと迷うパロディに先に声をかけたのはニコラスの方だった。
「そんな所でどうしたんですかパロ」
「っぅぇ!?気づいとったん!?」
「バレバレですよ、全くあなたって人は」
くるりと振り返ったニコラスはパロディを見たあと、ふっと柔らかく微笑んだ。パロディはその笑みを見てドキリとするが、動揺を顔に出さないようににぱっと笑う。
「えへ、何しとるんか気になって〜」
「ふふ。今そちらに行きますから待っていて下さい」
そう言うと、ニコラスは膝の上の包帯や消毒液などを箱の中へと片付け、音を立てぬようにゆっくりとパロディの元へ向かい扉を閉めた。
「僕になにかご用ですか?どこか具合が悪いのかと思いましたが…その様子も無さそうですね」
「んーん、話したくなっただけやで」
「おやそうでしたか」
パロディがあまりにもにぱにぱと明るく笑うものだから、ニコラスもそれに釣られてクスクスと笑う。
「あっ、ルーナの調子どんな…?良くなりそう…?」
「ええ、最初はとても錯乱していたようでしたが…睡眠剤を飲ませて眠らせました。傷もそこまで深くは無いので大丈夫ですよ」
「そっかあ、よかった〜」
…パタリと、沈黙に包まれる。話題が見つからないのか、パロディは両手を後ろに組んだままゆらゆらと落ち着きなく身体を揺らす。対するニコラスは、そんなパロディの様子をじっと見つめていた。
「……パロは、傷ついていく家族たちを見て、どう思いますか?」
「っへ?」
先に沈黙を破ったのはニコラスの方だった。彼の問いが予想外だったのか、パロディはきょとんとした顔をする。が、すぐにうーんと考える。
「………おれは…」
パロディは言葉に詰まっているようだった。そんな彼を急かすことなく、ニコラスは優しく見つめていた。数秒の間の後、迷った末にパロディが口を開いた。
「……おれ、本当は何も感じへん。皆のこと家族だって、大事だって、思っとるけど……でも、エスピダくんが死んだ時も、ミアちゃんが死んだ時も、おれ、…なんも思わんかった。」
パロディはちらりとニコラスの表情を伺うが、彼の表情に動揺の色は無かった。寧ろ、話の続きをせがむような、そんな表情。それを読み取ったパロディはそのまま話を続ける。
「最初は殺し合いとか言われてびっくりしたんよ、でも今はあんまり何も思わへん。寧ろ何でも願い事が叶うんやったら、やってもええかなって思ってる」
「エスピダくんもミアちゃんもええ子やったよ、けど可哀想やったかって言われたら、…わからへん。ホンマに何も思わんかった。家族が死んだ姿目の前で見たのにな」
「……えへへ。ごめんなニコ、…おれのこと嫌いになった?」
パロディは、どこか困ったような、縋るような、なんとも言えない表情で笑う。しかし彼の話を聞いたニコラスは全く表情を変えていなかった。
すると突然、ニコラスがパロディの頭をぽんと撫で微笑んだ。その行動の意味がわからずパロディが小首を傾げると、ニコラスは存外穏やかな声色で言った。
「僕もですよ、パロ。…僕も、何も感じなかった。何も、思わない。貴方と同じです」
その言葉を聞いて、パロディは驚いたような顔をする。しかしすぐに、ふにゃりと嬉しそうに笑う。
「あはっなんやぁ、緊張して損したわ!」
「ふふ、僕はそんな事で貴方を嫌いになったりなど絶対しませんよ」
「分かっとるよ、ニコは優しいもん」
2人のクスクスと笑う声が廊下に響く。この空間は完全に2人きりで、彼らを邪魔するものなど何処にもいなかった。
「皆の事で、貴方が苦しんでいたら嫌だと思ったんです。僕はいつでも貴方に笑顔でいて欲しい」
「おれも、…本当はニコが心配でここに来たんだ。もしかしたらすっごい疲れとるかもしれんって思って…」
「僕の心配を?ふふふっありがとうございます、パロ」
パロディの頭を撫でていた手は、そのままするりと彼の頬へと充てられる。パロディもまた、その手にすり、と擦り寄る。
「……おれは、ニコとこうやって一緒に過ごせたらそれでええから」
「何を言うんですパロ、僕も同じ気持ちですよ。貴方は僕の大切な人ですから」
「えへ、なんか恥ずかしーなー」
ニコラスの手の温もりに、うっとりとした表情をうかべるパロディ。狂ったこの地獄の中でも、2人にとってはお互いの存在だけが全てだった。どんな事があっても、相手がそばに居てくれるなら、地獄も天国もそう変わりがないのだ。
2人は互いの存在を確かめ合うように縋る。ニコラスは、愛おしそうにパロディを見る。そしてその眼差しに、パロディも擽ったそうに笑う。
「…あのな、ニコ」
パロディがニコラスの手に頬ずりしながら言う。ニコラスも、うん?と小さく首を傾げて彼の言葉を待つ。
「……おれ、ずっとニコに言いたいことあったんやけど、」
バクバクと心臓が脈打つ音が聞こえる。それでもパロディは、自分を優しく見つめるその月色の瞳から目をそらさず、真っ直ぐ見つめて声を出す。
「…あのな。おれ、おれ。ずっとずっとニコのこと」
ッキン_____。
甲高いノイズ音。それは悪魔の訪れを伝う音。次いで響くそれは、2人の幸せな時間を砕き壊す不快な雑音。…ああ、また。
『ヤッホー僕の可愛い子供たち!調子は如何かな?』
アーテルの声に驚いたのか、パロディはびくりと肩を震わせ自分の頬に添えられたニコラスの腕をきゅっと握る。
『いやぁ〜昨日のゲームは本当にすごかったよねぇ、まさかあんな風になるとは思ってなくて僕も予想外でビックリしちゃったよ。ミアちゃんってば急に豹変しかと思えば"何も無い場所"に向かって自殺するなんてね!』
『パッと見は事故の類でも、"彼女の世界"で彼女が"選んで"ああなったんだし、実質自殺みたいなもんだよねぇ』
『正直僕としては物足りなさもあったケド…まぁルーナちゃんにはとっても刺激的だったろうね、目の前で家族がぐちゃぐちゃになっちゃったんだから』
意地の悪いアーテルの言葉を聞きニコラスはちらりと扉の方へ目を見やる。扉の先に眠るルーナは起きてこない。彼女に睡眠薬を飲ませていなければ、きっと今頃大変なことになっていただろうと考える。
『まぁそんな事はどうでもいいや!実は今回、まだ次の対戦相手が決まってなくて困ってるんだよね〜。だから皆とお話しながら考えようかと思ってサ〜』
なんて呑気に言いながら、アーテルはうーんと困ったような考え込むような声を出した。
彼の発言一つ一つは今のニコラスにとって不快以外の何でもなかった。いつもの穏やかな笑みとは打って変わって煩わしそうに表情を歪ませる。その表情はまさに"心底どうでもいい"といった顔だった。
『でも…うん。そうだな、こうしよう。よし!決めたよ!』
誰が選ばれようが誰が死のうがどうでもいい。早く彼と、パロと話の続きをさせてほしい。彼との時間を、邪魔しないで欲しい。早く、消えて欲しい。
『それじゃあたった今決めた即興だけど!次の次の対戦相手を発表します!』
ああ、鬱陶しい。
『次の対戦相手は』
『ニコラスくん&パロディくんに決定でーす!』
「……………は?」
「ッッッ、」
訳が分からないといった顔をしたニコラス。そんな彼の手を、パロディはバシンッと勢いよく弾いた。
突然の衝撃に驚きニコラスがパロディの方を見ると、彼は先程の柔らかな表情とは打って変わって、目を見開き真っ青な顔をしていた。
「…ぱ、パロ、」
「ッ!!」
ニコラスはパロディに手を伸ばそうとするが、パロディは反射的にニコラスから距離をとる。そして何も言わぬまま、彼はバッとその場から駆け出した。
「待ってください、パロ!!」
パロディは止まることなく階段を駆け下りた。彼へ伸ばされた手は、そのまま空を切って落ちる。
どうして?何故?僕はまだしも、どうしてよりにもよって彼と、パロとなんか。
そんなニコラスの心境を知ってか知らでか、彼を嘲笑うように、アーテルがくつくつと笑い囁く。
『ふふ、予想通りだ。楽しくなりそうだねぇ ニコラスくん』
そう笑った後、彼はいつもの調子で"それじゃあ今日はゆっくり休んで明日に備えてね!"なんて言った後ブツリといなくなった。
アーテルは既に居なくなったはずなのに、彼の憎たらしい言葉が、ニコラスの脳内でぐるぐると木霊する。
手から血が出るのではないかと言うほどに、拳をギュッと強く握る。先程まで触れていた愛しい彼の頬の感触はとうに消えてしまった。
やり場のない怒りと感情を押し殺し、窓の外を見つめるニコラスの瞳は、宛のない殺意に燃えているようにも見えた。
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
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