辺りは不気味なぐらい静かだった。オレがここにいた時は鬱陶しいほどの騒音ばかりだった。怒鳴り声や恨み言、泣き言に助けを乞う声、ガラスが割れる音、下品な誰かの笑い声、子供の悲鳴、泣き声、唸り声。
けど今は何も聞こえない。聞こえるものと言えばガラスの破片を踏み砕く自分の足音だけ。とても、静かだった。
「あーあ、元の世界もこんぐらい静かなら過ごしやすかっただろうによ」
なんて独り言を呟きながら記憶に真新しい街を歩く。ここは1度来たことがある。食い物に困った時によく盗みに来た場所だ。
ここの店主は相当の間抜けだった。オレが少し喧嘩を売ればそのデケェ図体でオレのこ追っかけ回す。すばしっこさではオレの方が遥か上だったから、適当に撒けばあとは少し食いもんを頂戴するだけ。あまりにも簡単だった。
店の中を覗くと、やはりそこには誰もいなかった。けれど不思議なことに、売られているパンや林檎は新鮮そうな見た目でそこに置かれていた。盗みの癖か、オレは迷わずそれをかっ攫った。もう追いかけて来る奴もいないから逃げる必要は無い。
「…うま。腐ってるワケでも無けりゃ偽物でもない…これホンモノなのか?」
それは確かにあの日命懸けで盗んできたパンと林檎の味そのものだった。飯も寝床も用意された生活をしていたのに、何だかシスターの飯よりも美味しく感じる。
…けどこの場所のことも、その盗みのやり方も、オレが1人で学んだわけじゃない。…教えてくれた奴がいた。オレよりもずっと年上で、ずっとデカい男。
そいつは自分が生きるので精一杯のくせに、どこのガキかもわからないオレに色々な事を教えてくれた。だからオレは、ギリギリの生活の中でも食いっぱぐれる事無く何とか生きれていた。
けど、それも昔の話。アイツは俺を置いて外の世界に出ていってしまった。
「……クソ どこにいるんだよアイツ」
呟いた独り言に返事はない。当たり前だ。ここにはオレしかいないんだから。
最後のパンを飲み込み、林檎の芯を捨てる。腹は満たされたはずなのに、何だかぽっかり穴が空いてるみたいで気持ち悪かった。
「とりあえずアイツ探すかなぁ…」
めんどくせえけど、オレは一旦エスピダを探すことにした。
✝︎◆✝︎
「すこーい、本当にあの世界まんま再現されてるんだー!」
ロゼさんと別れたあと、ボクは思い出の地巡りと言わんばかりに町中を歩き回っていた。
と言ってもボクはここで過ごした記憶の殆どを覚えていない。今の生活の方が何倍も楽しいから、昔のつまんない事なんて忘れちゃった。まあでもどうせ作り物なんだし、ゆっくり探索するのもいいかなって!
「おーい、誰かいますか〜?」
なんて大声を出してみても反応する人は誰もいない。はしたない真似をするなと怒鳴る人もいない。誰もいないゴミの世界は元のゴミの世界よりもずっとずっと面白かった。
「あはははっまるでボクが王様になったみたい!こんな楽しい思いできるなんて、やっぱゲームに選ばれて正解だったなー」
楽しくなったボクは思い切って街中を走ってみることにした。
風を切る音と共に聞こえるのは自分の息と足音だけ。それ以外にボクを邪魔するものは何も無い。まさに"自由"そのものだった。通り過ぎていく景色はどこか見覚えがあるようで、ないようなものばかりだった。なんだか全部が楽しかった。
「あれ?」
ふと、何やら不思議な路地裏が目に止まった。別に路地裏自体はどこにでもある普通の路地裏だ。けどボクが不思議に思ったのはそこじゃない。
「変なの…ここから先の奥が見えないな…」
その路地裏の先は、まるで闇に包まれたみたいに真っ暗だった。光が差さないからとかではない、そもそも天井なんて無いはずなのに、不自然なまでに真っ暗。
普通だったらきっと僕も不気味だと感じたんだろう。けど気分が良くなった今、警戒よりも好奇心の方が勝ったんだ。
「ちょっと行ってみよーっと」
足取り軽く、ボクはその先が見えない暗闇の中へと迷うことなく進んだ。
…数分。いや、数十分歩いたぐらい。路地はまだ続いていた。相変わらず暗くて先が見えない。振り返ってみても元来た道も真っ暗でよくわからない。けれど空はいつも通り明るかった。
本当にこの先に何かあるのだろうか?あまりにも長い道にそろそろ飽きが来ていたボクはそんな事を疑問に思う、が。ふと、視界に光が差し込んだ。
見上げると、ずっと真っ暗だったはずの進行方向がじわじわも明るくなっていた。
「やっと出れるんだ!」
進めば進むほど明るくなっていく視界にボクはワクワクする気持ちを抑えれなかった。
そうして。路地の終わりが見えた頃、好奇心に任せてボクは飛び出した。目の前が急にピカッと明るくなって眩しさに目を瞑る。
そして恐る恐る目を開くと、視界に入ってきたものは全く予想だにしていないものだった。
「……………………………………え」
ボクは立ち止まった。立ち止まったというより、動けなかったっていった方がいいのかな。やっとたどり着いた場所が、あまりにも意外な場所だったから。
それは大きなお屋敷だった。ゴミの世界の建物とは似ても似つかないほど綺麗な御屋敷。どうしてこんな場所に"コレ"があるのかは分からないけど、それは確かに見覚えがあった。
「…………これ、ボクの家だ」
その屋敷は正真正銘ボクの家だった。ボクが、この孤児院に来る前にいた家。…いや、それよりもずっとずっと昔、ゴミになるよりも前に住んでた家。…何でこんな所に?
さっきまでのワクワクした気持ちは何処へやら、今はワクワクとは違った、所謂好奇心で動いていた。ボクは迷わず屋敷の方へと歩く。別に目的があった訳じゃない、ただ何となくそうしたかっただけ。
入口の前にやってくると、ボクは迷わず取っ手に手を掛けた。けど開くのを躊躇った。なぜなら、誰もいないはずのこの世界で、"中から声が聞こえた"からだった。
中に誰かいる?だけどこの世界に人は居なかったはず。でも確かに話し声は聞こえる。何を言ってるかまでは聞こえないけど、でもその話し声は、なんだか少し聞いた事のある声だった。
ボクは、恐る恐る、扉の取っ手を引く。
中にいる"何か"にバレないよう、そっと扉の隙間から様子を見る。
隙間が小さすぎてあまりよく見えない。もう少し開いて覗いてみよう。
ギイ…と小さな音を立てて扉を開く。
すると
『縺雁燕縺ッ縺薙?螳カ縺ョ縺溘a縺ォ螢イ繧峨l繧九s縺?繧医?√お繧ケ繝斐ム』
「あ。」
いた。
✝︎◆✝︎◆✝︎
「おーーいエスピダ、どこにいるんだー?」
ロゼは街を彷徨いながらエスピダを探していた。先程から何処を見ても彼が居ない。この場所には自分たちしかいないのだから、物音とかで気づけるものだと思っていたがなかなか見つからない。
そろそろこの空間を歩き回るのも飽きてきた頃だった。…だからといって、エスピダと合流した所でことの解決には至らない。…自分たちのどちらかが、相手に手を下さない限り。
それは分かっていた。けれど彼を手に掛けれるかと言われると、まだよく分からない。こんなにも非現実的な体験をしておきながら未だあまりにも実感が無さすぎるのだ。
…共に同じ屋根の下で暮らしてきた家族を、殺すだなんて。
「…くそ、調子狂うな」
ロゼが不服そうに地面の小石を蹴りあげた時。ふと、声が聞こえた。
「ロゼさん」
それはロゼが探していた人間の声だった。ロゼは声のする方へ振り返る。
「あ、おいエスピダお前どこに」
「行ってたん__」
「っっっぶねッ!!?」
ロゼは咄嗟の判断で間一髪エスピダの攻撃を避けることが出来た。しかし掠ってしまったのであろう、ロゼの頬には赤い線が出来ていた。
エスピダは錆びた鉈を片手にじっとロゼを見つめていた。
「何で避けるのロゼさん」
「何でって…ッいきなりなにすんだテメー!」
「だって、これそもそも"そういうゲーム"でしょ?」
エスピダの言葉に、表情に、一切の感情は無かった。彼の瞳はずっと自分の方を見つめているが、しかし自分を通り越したどこか先を見ているようにも見えて、ハッキリいって不気味だった。
「んで、ッいきなり」
動揺するロゼに構うこと無くエスピダはもう一度鉈を振りあげる。ハッとしたロゼはまた避けようとするが、今度はエスピダの方が早かった。
「ぅあッ!!」
エスピダの振りかざした鉈はロゼの腕を切り裂いた。錆びて切れ味の落ちていたおかげで致命傷は避けれたが、腕からはダラダラととめどなく血が流れている。
「ボク、見たんだ。お母さんとお父さん、それから、兄弟たちの姿」
血の滴る鉈をぼんやりと見つめながら、エスピダは淡々と話し始めた。
「町外れにあったお屋敷の中で、実態のない"影"を見たんだ。顔も無ければ言葉も分からない、本当にただの影だったけど、それでも分かったんだ。あれは"ボクの家族達"だって」
彼は喋る。
「あのね、ロゼさん…ボクのお母様とお父様はね、お金が欲しいからってボクのこと売ったんだ。大好きな兄弟たちからボクを引き剥がして、ボクだけを捨てたんだ」
しゃべり続ける。
「でもボク、逃げたんだ。つまんなかったから。それでいつの間にかゴミになってた。そしたらボク、"本当の名前"が何だったか忘れちゃった。無くしちゃったんだ、ボクのもう1つの名前」
止めどなく。
「あの影を見てハッキリと思い出したよ。今ボクがしなきゃいけないこと。それは探検することでも遊ぶことでもない。」
喋る。
「ボクの願い事は、失くしたものを取り戻すこと…ボクはもう1つの名前が欲しいんだ! ボクという存在を証明する、確かな証が」
そうして彼はにこりと笑った。
「その為に、ボクは君を殺すよ。ロゼさん」
鉈をロゼの方へ向けて エスピダはそう言った。
「………名前が欲しい?それが、お前の願いか?」
「うん、そうだよ。ずっと昔から探してた、ずっと欲しかったもの」
「…っは、くっっだらねえ」
ロゼの腕から血がボタボタと流れる。けれど彼女はエスピダに嘲笑を向けるのを辞めない。エスピダは「は?」といった顔を向ける。
「名前が欲しい?たったそれだけのくだらねえ願いでオレを殺そうってのかよ!」
ロゼは怒りの形相で叫ぶ。エスピダからまた表情が抜け落ちた。
「下らないってなに?ボクはずっと欲しくて堪らなかったんだ、無くしちゃった大事なもの。ボクの存在証明。…ロゼさんには分からないでしょ?大切なものを失くしたボクの気持ち」
鉈を握り直し、エスピダがまた1歩ロゼの元へ近づく。が。
「ッッンなもん、テメーなんかよりも痛いぐらい分かってんだよ!!」
ロゼはエスピダの隙をついて彼を思い切り蹴り飛ばした。とっさの反撃に反応出来なかったエスピダはそのまま派手に地面に吹っ飛ばされる。その隙にロゼは腕を抑えて逃げ出す。
「っ、あはは!すごいやロゼさんその傷で動けるなんて!楽しくなってきたね!」
鉈を手に取って起き上がると、エスピダは楽しそうにロゼの後を追いかける。
走って、走って、走って、走り続ける。体からどんどん血が流れていく。辺りがチカチカして、力が抜けてくる。けれど今倒れてしまってはおしまいだ、後ろから追ってきているであろう少年に殺されるなんて真っ平御免だ。
だって、だって、オレは。
ふらりとバランスを崩したと同時に、地面の段差に躓き地面に派手に転ぶ。打ち付けた身体が痛くて小さな唸り声を上げる。
「…嫌だ……ここで、死にたく、ない」
朦朧とする意識の中、ハッキリと、そう思う。
「ここで死んだら、オレは、あいつに、…あいにいけない…!」
何とか立ち上がろうとするも、クラクラと視界が揺らぐ。早くしなければ、あいつに追いつかれる。早く、早く、早く、早く、立て!!
『いいかい ロゼ』
「っ!?」
ふと声が聞こえてバッと顔を上げる。よく見ると今自分がいるこの場所は、かつて自分と、あの男が一緒に過ごしていた、隠れ家のような場所だった。
そして霞む視界の中、目の前に2つの"影"が現れた。それは黒塗りにされたただの影だったが、けれど確かに分かったのは、
……この2つの影は、幼い自分と、"あの人"なんだと。
『…俺は外の世界に行けることになった』
聞いたことのある声。優しい優しい、低い男の声。
『でもお前を連れて行く事は出来ない』
何も知らない自分に生き方を教えてくれた、あいつの声。
『まてよ、じゃあオレどうすりゃいいんだよ!』
大きな手でオレの頭を撫でる、あいつの声。
『……もしお前が外に行くことが出来たら、また会おう ロゼ』
あの時 オレはアンタと 約束したんだ。
いつの間にか手のひらには 使い慣れたナイフが現れていた。
「あっれぇ…おかしいな……血の跡が途中で切れてる」
エスピダはロゼの血の跡を追って来ていた。しかしその場所にロゼはいなかった。というより、途中から血痕が途絶えていたのだ
「もしかしてこの辺で倒れてるとか〜?」
きょろきょろと辺りを見回すも、どうやらその様子もない。はて、とエスピダが小首を傾げた瞬間。
「上だよバァカ!」
エスピダは咄嗟に反応して避ける。が、どうやらロゼの方が上手だったらしい。ロゼは素早く着地したあと手に持っていたナイフでエスピダを切り付ける。
「ッ…」
ナイフがエスピダの胸元を切った。エスピダがロゼと距離を取ろうとするも、断然にロゼの方が動きが素早かった。反撃はおろか、精々彼女の攻撃を防ぐか、避けることしか出来なかった。
明らかに、先程とは何かが違った。彼女の瞳はそれこそまさしく…「欲望」に燃え滾っているようだった。自分と同じ、願いを叶えるために人を殺す者の目。
エスピダはロゼに向かって鉈を振り下げる。
「っ」
しかしロゼはそれを避けること無く、自らの腕で刃を受け止めた。
「ッえ!?」
流石に呆気に取られたエスピダ。その隙を狙ってロゼは素早い身のこなしで内側へと入り込んだ。
そして、彼の肩元へ、ナイフを貫いた。
その勢いで、ロゼはエスピダの肩を貫いたまま地面に釘付けた。エスピダの持っていた鉈は遠くの方へと飛ばされてしまった。
「……ッ、離せよ…!!!」
「……」
ロゼは無言のまま、エスピダの肩に刺したナイフに力を入れる。僅かにエスピダの表情が痛みに歪んだ。
それでもどうにかこの磔状態から抜け出そうとエスピダは藻掻く。しかしもがいた所で何の解決にもならない。ただ傷が抉れて血が吹き出るだけ。
「お前の負けだぜエスピダ、諦めろ」
「ぁはっ、うるさいなぁ…自分だってボロボロのくせに…」
エスピダは空いている方の手で先程ロゼが負った腕の傷を掴む。ぴくりと目尻が動いたが、それでロゼの拘束が緩まることは無かった。
「…………こんなの、つまんない、」
エスピダが呟く。
「つまらない、つまらないつまらないつまらないつまらない。どうしてみんなボクの邪魔するの?どうしてボクから全部奪うの?名前も、兄さん達も、全部全部奪って、ボクはただ楽しく生きたかっただけなのに」
その言葉は怒りを帯びていた。しかしその割に声はとても落ち着いているように聞こえた。彼は無表情で、静かにロゼを見つめていた。今もエスピダの肩からは大量の血が流れ出ていた。
「オレはお前の事なんてどうでもいい、ただ 願いを叶えたいだけ」
どくどくと、ロゼの体から血が抜けていく感覚がする。次第に力が抜けていく手で、ぎゅっとナイフを握り直す。どうやら、こちらも限界は近いようで。
「……つまら ない」
エスピダの体から力が抜けたことをナイフ越しに感じ取る。やるなら今がチャンスだ。
彼が抵抗しないのを確認したあと、ロゼはエスピダの肩に刺していたナイフを抜き取り彼の心臓に構える。が。
「ッ!?しまった、」
その一瞬の隙をついてエスピダがロゼを突き飛ばすようにガバッと起き上がった。突き飛ばされた勢いでロゼは拘束を解いてしまう。
起き上がったエスピダは真っ先に目先に転がる鉈を手に取った。全ての力を振り絞って両手でそれを握る。
そして、ロゼのいる方へ、勢いよく振り被った。
「お願いだから、ボクの為に死んでよ、ロゼさん!!」
…その瞬間、鮮血が辺りを塗りつぶした。
「……ッぁ"?」
…エスピダが鉈を振りかぶるよりも先に、ロゼのナイフがエスピダの喉を掻き切った。風を切るような音と共に赤色が溢れ出した。
「………オレの為に死んでくれ、エスピダ」
祈るような、懇願するような、そんな少女の声が聞こえた。
地面に倒れていく身体はスローモーションの様にゆっくりと落ちていく。
視界が真っ赤でよく見えない。
どこが痛いのかも分からない。
耳鳴りがうるさくて聞こえない。
ああ つまらない。
崩れゆく中…ふと、自分の指に巻きついた真っ赤な四葉のクローバーが視界に移る。
それは家族である彼女から…、…ゴミだらけの世界で、あの日自分に生きる術を教えてくれた少女から貰ったお守り。
(…ボクの人生 つまんない事も納得いかないことも沢山あったけど、でも)
視界が、祈りを掛けたクローバーが、ぐにゃりと歪む
(……すこしは たのしかった なあ)
脳裏に浮かんだ兄弟達の走馬灯は、地に打ち付けられたと同時に霧散した。
『___ゲーム終了 お疲れ様、ロゼちゃん』
全ての終わりを知らせるブザーが鳴り響いた。
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から