✝︎
先の見えない真っ暗な未来を恐れないものなんて誰もいない
逃げ場のない地獄の中で、縋るものもなければ救いもない状況で、信じられる家族をも失った彼らはただ孤独だった
みんなみんな、恐れていたんだ。
…救いたいだけだった
……………ただそれだけだった。
✝︎
落ち着けないからか、ロゼは朝起きたあとリハビリついでに孤児院内を歩き回っていた。あんなに賑やかで明るかった屋敷内はとうに輝きを失っていて、不気味な程に静かだった。
「………ミアも、パロディも、アシュも、………死んだ んだよな」
昨夜、部屋へ向かっている最中にニコラスから現在の状況を聞いた。沢山の家族が命を落とし、たくさんの家族が心を壊したと。
…あの日自分が手にかけた命も、大切な、家族のひとりだった。
自分と…エスピダは、互いの欲望の為に戦った。だけどみんなが皆、自分たちと同じように欲望に燃えているわけではないのだということを知った。
「………………はぁぁあ…」
ロゼが大きなため息を吐いた。それは静かな廊下に虚しく響き渡った。
その時、ロゼの後ろからタッタッタッという足音が聞こえた。何事かと振り返ると、こちらに向かって走ってきていたのはラーナだった。
「ラーナ」
「あ、ロゼちゃん…ねえ、ひかりくん見なかった?」
「ひかり?見てねえけど……」
「困ったなあ…」
ラーナは珍しく不安そうな、困り果てたような表情で目線を下げた。ロゼは小首を傾げて訊ねる。
「ひかりに何かあったのか?」
「それが…どこを探してもひかりくんが見つからなくて」
「えっ?」
ラーナが言うには、朝 寝室でひかりの姿を見なかったことを心配して孤児院中を探し回っていたが、どこを見ても彼が見つからないのだという。
「ロゼちゃんはあの時ひかりくんを追いかけてただろう?…あの時、何か変わった様子とか、なかった?」
そう言われてロゼはうーんと考える。
「…いや、……あいつ、あのまま寝室に戻ってオレに入ってくるなっつってたから…よくわかんねえ」
ロゼが眉を下げてそう言った。ひかりの拒絶を受け、ロゼはそれ以上彼に干渉しなかったのだとか。
「そっか……ごめんね」
「なんでお前が謝るんだよ、別に…お前は悪くないだろ」
「あはは、ありがとう ロゼちゃんは優しいね」
ラーナが柔らかい笑顔で笑うと、ロゼはぷいと顔を逸らした。
「…………もしかしたら、先にコロシアムに向かってる可能性もあるだろ」
「ぁあ…確かにそうだね。ただ、昨日のひかりくんの様子が気になって……」
「それなら、セシルが探してみるよ」
ふと。不安そうな様子のロゼとラーナの元へ、セシリアがやって来てそう言った。2人は驚いた様子で彼女を見た。
「ラーナはコロシアムの方まで行って、ひかりを探して?その間、セシル もう1回孤児院の中探してみる」
「でも、」
「ラーナばっかに背負わせたくないの。セシル、……自分ができること、したいの」
セシリアは真剣な顔つきでラーナの目を見た。彼女のその姿を見て、何かを言おうとしたラーナは、そのまま言葉を引っこめる。
「…わかった。それじゃあお言葉に甘えて僕は先に向かわせてもらうね」
「うん、………ラーナ。…無事で、ね」
「……うん、分かってるよ セシリアちゃん」
セシリアの不安に滲んだ表情を和らげるように、ラーナが暖かく微笑み彼女の頭を撫でた。セシリアもつられるようにくしゃりと笑う。
不安な気持ちはそのままに、ラーナはセシリアとロゼに手を振って家を出た。
「…じゃあ、セシル ひかりのこと探すね」
「オレも探してみる」
「本当?ふふ、ありがとロゼ」
「……………おう」
嬉しそうにクスクスと笑うセシリアから逃げるようにロゼはその場を後にした。
そしてセシリアも、ロゼとは反対方向へと足を進めた。
✝︎◆✝︎
セシリアはラーナとの約束通り孤児院中を歩き回っていた。リビングも、キッチンも、寝室も、食料庫も、倉庫も、ありとあらゆる場所を見て回った。
…しかしそのどこにもひかりは居なかった。
「やっぱり、ここには居ないみたい……ひかり…きっと先にコロシアムに向かったんだろうな…」
そう考えて、セシリアはホッと安堵の息をつく。それが何の安堵かは分からなかったが、彼がここに居ないという事実に安心を覚えたのは確かだった。
…昨日の彼は、ずっと何かに怯えているように見えた。いつも礼儀正しく、真面目で真っ直ぐだった少年があんなにも怯えている姿なんて見たことない。彼を利用した人間は、よっぽど彼に酷い事でもしたのだろうか。
それと、アーテルのこと。あの時彼はイソラの言葉に対し強く反応しているように見えた。あの時放った言葉の中に、彼の反感を買ったものがあったのだろうか。
「…ううん。考えたって分からないよね」
そう言ってセシリアはぺち、と自分の両頬を軽く叩いた。どちらにせよ今はそんな事考えていたって仕方がない。自分ができるのは2人を見守ることと、待つことだけだから。そう考えながら、セシリアは踵を返そうとする。
が。
「…………?あれ?」
ふと。セシリアは、見慣れない黒い扉の前でピタりと立ち止まった。
別にその先に興味があった訳では無い。この屋敷の中には自分の知らない部屋なんて沢山あるのだから。
ただ、この先から声が聞こえるのだ。
誰かと話をしている、人間の声が。
「………誰だろう…?」
人の話を盗み聞くのは良くないことだと思いながらも、セシリアはそっと扉の先へ耳を傾ける。
「__ま、__上は_ぎです」
「_で?___どう_う__る筋__は_い___ね。」
「で__ッ…!」
「お__、__逆__の?」
「__、………」
(「アーテル様、これ以上はやりすぎです」
「何で?お前にどうこう言われる筋合いはないんだけどね」
「ですがッ…!」
「何お前、ボクに逆らうの?」
「いえ、……」)
遠くで聞こえるその声は、ハッキリとは聞こえなかったが恐らく誰かと誰かが会話しているのだろうということがわかった。
しかし断片的に聞こえるその声は、まるで、何かに追い詰められているようで、
「_分の__を___た_?」
「_、そ_では__、」
「___、思____て__る」
「…?___さ_、何_…」
「じ__し___。」
「ッ、_る_、や__ッ!!」
(「自分の使命を忘れたの?」
「違、そうではなく、」
「いいよ、思い出させてあげる」
「…?アーテル様、何を…」
「じっとしてなよ」
「ッ、来るな、やめろッ!!」)
突如。中にいるのであろう声の主が叫び始めた。怯えてるみたいに、苦しんでるみたいに。
何が何だか分からずぎゅっと恐怖を感じたセシリアはその場から逃げ出そうとする。
…しかしその時、彼女の足が、開き掛けの扉にコツンとぶつかった。
セシリアはヒュッッと息を飲む。先程まで扉の先から聞こえていたはずの声が消えたからだ。
早くここから逃げようと、彼女が踵を返した次の瞬間
「 だ れ だ ? 」
暗闇の底から 聞いたことの無い声が響いた。
何も見えないはずなのに、何かと目が合った気がして
セシリアは、
そのまま、
「__っセシリアさん!!」
「ッ?!」
後ろから、手を引っ張られた。
「っひ、ひかり!?どうしてここにっ…!?」
彼女の手を掴み走り逃げたのは、ゲームに選ばれて、コロシアムへと向かったと思っていたひかりだった。彼は顔を真っ青にしたまま、セシリアを連れて必死に扉の方から逃げる。
「ま、待って!ひかり、どこに行くのっ?!」
「あの場所は危険です!!」
彼は息を切らしながら、セシリアと共に人気のない場所へと逃げ込んだ。荒い息を整えた後、混乱を隠せない様子でセシリアが問う。
「ねえどういうこと、そもそもどうして…どうしてひかりがここに居るの…!?」
ぜえぜえと上がった息を必死に落ち着かせながら、暫くしてひかりが言った。
「…僕、ッぼく、気づいたんです、…このままこんなゲーム続けていたって、誰も救われることなんてないって!」
「…………っへ…?」
ひかりは必死の形相でそう叫んだ。彼の言葉に、セシリアは呆気に取られる。
「僕の願いは皆の願いが叶うこと…皆の望みこそが、僕の願いなんです。みんなの願いの為なら何だってする、そう思っていたんです」
「だけどあの日…ミヤちゃんとアシュさんのゲームを見て気づいたんです。どんなに頑張っても、結局誰かは絶対に死んでしまうんだって」
「あの日、僕は2人を救おうとして傷つけたんです。ただ救いたいだけだった、ただそれだけだった!…でも、結果的に僕のせいでアシュさんは死んで、ミヤちゃんは壊れてしまった。……全部僕のせいなんです」
「皆の願いが叶うなら僕は死ぬのも怖くなかった、だけどそんな事をしたって意味が無いことを、壊れていく皆を見て気づいたんです」
「家族を殺した先で手に入れる願いなんて寂しいだけなんです、…っこんなゲームが続く限り、誰も幸せにならない!」
そしてひかりは、泣きそうな声で、叫んだ。
「…っだから!!僕はこんなゲームなんて参加しない!そうすることで誰も傷つかずに済むなら、僕はこの権限を放棄します!」
その言葉は力強く、彼の瞳に迷いは無かった。その瞳から、彼の決意は揺るぎのない確かなものであることがわかった。
「………セシリアさん、良ければ僕の話を聞いて欲しいんです。あの黒い部屋のことと、…救済ルールを教えてくれた人について」
「っで、でも、…大丈夫なの?ひかり、」
「…あの時は、恐ろしくて話せなかったんです。でも今なら大丈夫です」
そう言ってひかりは不器用な笑みで笑った。彼の家族を想う気持ちは、かつてのアシュや、パロディ、ニコラスと全く同じ形をしていて、なぜだかセシリアの心がドクドクと脈打つ。
「…わかった。セシルに出来ることなら何でもするよ」
「ありがとうございます」
彼を安心させれるよう、優しく微笑んでみせた。すると彼はほんの少し緊張の取れた砕けた笑みを見せてくれた。
「……僕が救済ルールの話を聞いたのは、あの黒い扉の部屋の中ででした。たまたまあの部屋に入った僕はその時とある人に捕まったんです。…その人が、僕に教えてくれたんです。"救済ルールは誰も傷つくことなく皆が無事でいられるもの"だと」
黒い扉の部屋。それはおそらく、セシリアが先程見たあの場所のことだろう。あんなにも暗くて怖い場所に、彼は1人で進んで行ったのか。
「……僕があの時あの場所で出会った人」
セシリアの瞳が、不安で滲む。
「それは」
彼が、口を開けた時
「ひかり?」
背後から聞こえた突然の声に、セシリアがバッと振り向いた。
そこには驚いたように目を見開きこちらを見つめる神父が立っていた。神父の姿を見て、セシリアはパッと表情を輝かせた。
「パパ!」
「2人ともこんな場所で一体何を…ひかり、君はゲームに選ばれたんじゃ…」
「あのねパパ、これには事情があってね、」
「事情?」
不思議そうに小首を傾げた神父に、セシリアは大きく頷いて見せた。
「そうなの。ねぇひかり、もしかしたらパパも協力してくれるかもしれないし、3人で1緒に」
セシリアはくるりと振り返りひかりの顔を見た。
ひかりは、目を見開き、固まっていた。
「…………………ひかり?」
名前を呼んでも反応しない。まるで凍りついたみたいに動かない彼に、セシリアは心配そうにひかりを覗き込んだ。
その時、神父が口を開いた。
「ダメだよひかり。ゲームに参加しないと」
「…………………え?」
神父は、何の躊躇いもなくそう言った。その言葉にセシリアがぴしりと固まった。
「……パパ?」
「ゲーム放棄は違反だからね、それにラーナを待たせちゃ悪いだろう?」
「何で、急にそんな」
目の前の神父はいつもと同じ優しい笑みを讃えていた。しかしその笑顔が、いつもと違って、とても、恐ろしく見えた。
動揺するセシリアを横に、神父はひかりへ手を伸ばす。
しかし、神父の手を弾いたひかりは、大きく叫び声を上げながら暴れた。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!来ないで!僕に触らないで!嫌だ、ッッ離してよ!!!」
急に暴れ始めたひかりに、セシリアは驚きのあまりバッと身を引いた。彼は必死に神父を拒絶していたが、神父はそれに動じることなく、彼を引きずろうとしている。
「ワガママはいけないよひかり、君はそんな子じゃなかっただろう」
「っ離して!!!」
「大人しくついておいで、大丈夫 怖いことなんて何もないから」
セシリアの目に映るその光景は、あまりにも異様だった。ひかりの拒絶の仕方は明らかにおかしい。
「ぱ、パパ!だめっ離してあげて!」
セシリアは焦燥を顕に神父の腕を掴み制止をかける。
それにより生まれた一瞬の隙を、ひかりは見逃さなかった。
彼は、近くに置かれていたガラスのコップを
神父の顔へ迷うことなく投げつけた。
「ッッ!!」
神父の顔に目掛けて投げられたそれは、パリンっと甲高い音を立てて割れた。神父が顔を抑えよろめいた時、ひかりはバッとそこから逃げ出した。
「っぱ、パパ!!」
顔を抑えたまま動かなくなった神父の元へ、慌ててセシリアが駆け寄った。しかし神父はそのまま覚束無い足取りでヨロヨロとひかりの後を追おうとする。
「だめだよパパ、怪我してるのに…!」
「なに、心配いらない 大丈夫だよ セシリア」
セシリアが神父の服を掴み制止するも、神父はセシリアに優しく微笑むだけで止まらなかった。
「…………あ、れ?」
……ふと。神父の顔を見たセシリアが目を見開く。
確かにガラスのコップは神父の顔に当たった。しかし何故か神父の顔には傷1つ見当たらないように見えた。
いや…それよりも、何よりも。
「神父様、って」
___こんな目を、していただろうか?
呆然と立ち竦んだままのセシリアは、ひかりを追いかけ去っていく彼を、止めることが出来なかった。
(AIレベル調整されたから目の色が違う)
✝︎◆✝︎◆✝︎
ラーナは1人、コロシアムの門の前にいた。先に向かっているであろうと思っていたひかりは案の定そこに居なかった。
「……やっぱり、まだ孤児院の中に…」
そわそわと落ち着かない気持ちを胸に、ラーナはひかりを待った。きっとセシリアが見つけてくれる事を、ひかりがこの場所に来てくれることを、信じて。
…しかし、何故だろうか。家族のことを信じるべきなのに、胸の内に渦巻く予感を拭い払うことが出来ない。
彼がこのままここに来なければ?
ゲームを放棄したら?
どうなるかを、ラーナは、知っている。
「……いや。弱気になっちゃダメだよね。僕がしっかりしないと、皆を不安にさせてしまう」
そう呟いたラーナは自分の両頬をパシン、と叩いた。ほんの少し思考が晴れたような気がした。
今は、信じて待とう。どちらにせよ今の自分にはそれしか出来ないだろうから
そう考えて、ラーナが近くにあった岩へ腰かけようとしたとき
キィンと、甲高いノイズ音が鳴った。
そして次に悪魔が言った言葉に、ラーナは大きく目を見開いた。
『東雲ひかり どうやら君はゲームを放棄したようだね』
『僕は一番初めに忠告したハズだよ、ゲーム放棄は立派なルール違反だと。この場合、僕から直々にキツいお仕置を与えなければならない、ともね』
『……ああ本当に 残念だよ、とっても』
アーテルの言葉を聞き終わるよりも先に、ラーナは迷うことなく孤児院の方へと走り出していた。
それを見ているのであろうアーテルが、ケタケタと、笑ったような気がした。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
「ひかりくん、ッひかりくん!!!」
ラーナは必死に彼の名を叫び孤児院中を走り回った。館に残っていた子供たちはラーナの様子を見て驚いた顔をするが、今のラーナにそれを気にしてられる余裕などなかった。
ひかりが向かいそうな、考えられる場所を手当たり次第探し回った。けどそのどこにもひかりの姿は見当たらず、それが余計にラーナの焦燥を煽る。
このままではまずい。アーテルが手段を選ばない男だということをラーナはよく分かっている。このまま彼を見つけ出すことが出来なければ、ひかりはきっと、殺される。
「っうわ!?」
気持ちばかりが先走って身体が追いつかない。足元を見ていなかったラーナは、段差に躓き派手に転んだ。
「ッう、ぐ…」
受身を取れなかったからか、全身を鈍い痛みが襲う。地に這ったラーナは顔を歪ませる。
……自分にとって、ここの家族は本当に大切な存在だ。だからこそ、みんなの為に、自分が頑張らないといけないのだ。
自分は、みんなの為に、これを終わらせなければならない。
「……あんな奴らに、あの子の…家族の命を奪わせるもんか」
ラーナはそう呟いて立ち上がった。あの男はきっと未だこちらを見て笑っているのだろう。居心地の悪さを覚えつつ、再びひかりを探しに行こうとして、
ギシ、と。突然天井から人間のような足音がしたと共に、パラパラと粉が降ってきた。
突然の物音にびくりと肩を震わせたラーナは、ぴたりと足を止めて辺りを警戒する。
その時ふと。ラーナは、廊下の奥…目の前に見たことの無いハシゴが降りていることに気づいた。
それはどうやら屋根裏へと繋がっているようだ。この場所に屋根裏がある事を知らなかったラーナは、恐る恐るそちらへと歩みを進める。
僅かな予感とともに、ラーナはゆっくりと、足を踏み外さないようにハシゴを登っていった。
1番上までたどり着いた時。パッと顔を上げると、そこには…
「ッひかりくん!?」
「!?」
ひかりがいた。彼は光射す窓の前で、驚いたように目を見開きラーナの方を振り向いた。
「まさかこんな所に居たなんて…よかった、まだ無事だった…!」
「…っら、ラーナさん…っどうしてここに…」
ひかりは驚いた顔で小さく後退りながらそう聞いた。ラーナは胸をなでおろしたあと、真っ直ぐとひかりの目を見て言った。
「君を助けに来たんだ、ひかりくん」
「……………ぇ?…僕を、…助け、に?」
ラーナは一歩、ひかりの方へ歩み寄った。
「アーテルなんかに…あんな奴らなんかに、絶対に君を殺させたりしない。僕がひかりくんを助けるよ」
もう一歩、歩み寄る。
「僕の願い事はね、家族みんなが幸せでいてくれることなんだ。その為なら僕は何だってする、約束するよ 君を見捨てたりなんてしないから」
「だから」
ひかりはその場から動こうとはしない。ラーナは、ひかりの近くにまでやってきた後…ゆっくりと手を伸ばして、笑った。
「怖がらないで 僕なら君を救える、…ううん。絶対に救ってみせるから。…どうか僕の手を取って ひかりくん」
陽に照らされてキラキラと光る埃は美しかった。まるでそれはラーナの正義に燃える姿を、家族への愛で満たされた瞳を、祝福するかのようだった。
今ならきっとまだ間に合う。誰に邪魔されることの無いこの場所で、どちらも互いの目から視線を逸らす事はしなかった。
ラーナの瞳には淀みも、迷いも無かった。慈悲深い瞳でこちらを見つめる彼はいつでも真っ直ぐで、優しくて、家族思いの、頼れる兄だった。
ひかりはじっとラーナの金色の瞳を見つめていた。そしてそのままこちらに向けられた彼の手のひらへ視線を移す。
ラーナは急かすことなく、ただ優しい微笑みを浮かべてひかりを待っていた。その温かさは、優しさは、ひかりが、幼い頃から強く強く望んでいたもの。
そしてひかりは、自分を見つめるラーナの瞳をもう一度見た。
優しい、兄の姿。真っ直ぐに、愛情を孕んだ瞳。
ひかりは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「どうして」
そして彼は、
震える口で、言った。
「………どうして、僕があなたの事を信用するなんて、思ったんですか?」
「…………………え?」
ラーナは呆気に取られた様子だった。その様子を見て、ひかりは悲しそうに表情を蔭らせる。
「ラーナさん。僕、…もうこんな事したくないんです。僕の願いは皆の願いが叶うこと…だけどそれは決して、家族を殺してまで手に入れる願いではないんです。それじゃあ意味が無いんです」
「…僕はただ皆の役に立ちたかっただけで、皆を苦しませるつもりも、悲しませるつもりも、傷つけるつもりもなかったんです」
「…ねえ、なんの話しをしてるのひかりくん?僕は本当に君を助けたいだけなんだ、君を脅かす恐怖から、苦しみから、悲しみから、危険から、…救いたいだけなんだ」
「アシュさんにやったみたいに?」
ひかりの声は、酷く冷たかった。えも言われぬ感情に、ドクドクと、ラーナの心臓が脈打つ。
「…………僕は、ミヤちゃんを、アシュさんを、助けたかっただけなんです。ただそれだけだった。それなのに僕は2人を殺してしまった。僕のせいで。僕が馬鹿だったから。貴方を信用してしまったから」
ひかりが、ラーナから距離をとるように、一歩二歩と後ずさった。窓がカタカタ時しむ音が響く。
「………もう、どうしたらいいか分からないんです。僕が貴方を殺したところで、きっとまた皆を傷つけてしまう。だけど僕が死にたくない、助けて欲しいと泣いたって、みんなを苦しめてしまう」
ひかりの背が窓へとついた。
「…………だから もう、僕が出来ることは、償うことだけなんです。僕が犯した過ちを。」
そのままひかりは、バンッ、と勢いよく窓の扉を開けた。それと同時にヒュ、とラーナが息を飲んだ。
「何、してるの?ひかりくん、早くこっちに来るんだ!」
ひかりは何も言わなかった。それが余計にラーナの不安を煽る。
「…………一つだけ聞かせてください、ラーナさん」
ひかりがくるりと振り返って、問う。
「あの時……地下室で出会った時。どうして貴方は、僕に救済ルールのことを教えてくれたんですか?」
ザア、と。窓から強く風が吹き込んだ。ギシギシと、床が軋む音がする。カーテンが、ひかりを覆い隠すようになびく。
どうしてこんな事になったかわからない。
だけど、ラーナは、迷わずに言った。
「あれは"みんなの為"だったんだよひかりくん!僕も君も、何も間違ったことはしていない、あれこそが、本当の"救済"だったんだ!だから君は何も悪くない!!」
彼の言葉に、ひかりは小さく目を見開いた。
そして、ゆっくりと、悲しそうに 苦しそうに目を細める。
「………やっぱり貴方は何もかも間違っています ラーナさん」
そしてひかりは、何もかも全て諦めたような微笑みを浮かべた。
「貴方を信じるんじゃなかった」
「貴方たちを信じるんじゃなかった」
「家族を騙し、傷つけるようなあなたの救いの手なんて絶対に取りません。例えあれが貴方にとって正しいことだったとしても、」
「僕は決して、貴方たちを許しません」
そのままひかりは、ラーナを見向きもさず窓の縁へと乗り上げる。ラーナは怒りを滲ませた声を張り上げる。
「何を考えてるんだひかりくん!!ダメだ、こっちへ来るんだ!!君は何も悪くない、何も間違っていない!僕も君も、正しいことをしていたはずだ!!」
ひかりは止まらなかった。ラーナはひかりへ手を伸ばして、叫ぶ。
「そんな事したら許さない、ッ絶対にダメだ!!こんなの間違ってる、こんなのおかしい!!!降りてくるんだ、ッひかり!!!!!」
「全部全部 貴方のせいです ラーナさん」
太陽の光が眩しくてよく見えない。
伸ばした手が、ひかりの腕をつかもうとした瞬間、
「ッッひかり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ひかりは、窓から勢いよく飛び出した。
空を切った手と、スローモーションみたいにゆっくり落ちていく家族の体が、目に焼き付いたあと、
ドシャッッッ。
鈍い音が、耳を貫くようにして響いた。
ドク、ドク、ドク、ドク、ドク。
喧しい耳鳴りが、忙しない鼓動が、心を、頭を、体を、己を、熱く、熱く、支配する。
人形のように呆然と立ち尽くしたラーナをよそに、キィンと甲高いノイズ音が響いた。
『あーあ あと少しだったのに 残念だったねラーナくん』
『でもまぁ、こちらから手を下す手間が省けて助かったよ 僕は干渉するのが何よりも嫌いだからね』
『…東雲あかりのゲーム放棄、及び脱落を確認。よって今回の勝者はラーナとする』
『………お疲れ様、ラーナくん。
よく出来ました』
どしゃりと膝から崩れ落ちたラーナがそれ以上動くことは無かった。
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
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