ストーリー


第七話「過ちの救済は」(前編)

 

 

 

折りたたむ

 

啜り泣く声が響く部屋。じわじわと床に広がっていく血の海。そこに放り捨てられた真っ赤なボタン。泣き縋り動かない少女。


どうしてこんな事になったんだろう。目の前の光景が、先程起こった惨劇が、心臓の破裂した音が、未だ子供たちの頭の中で鮮明にこびり付いたままだった。


ミヤは血溜まりの中で、もう動かない冷たい死体となったアシュの手を強く握り締めたまま、呻くような泣き声を上げていた。


「ぁ"、しゅく、あしゅ、く、ん、ぅぅう、ぅぁぁあ"ぁぁあ"……!!!

嗚咽を上げながら吐き出される泣き声は彼女の心情そのもので、悲しみ、苦しみ、後悔、その全てを孕んでいるように聞こえた。


『ほら、ゲームは終了だよ。その抜け殻にいくら縋ったって意味は無いんだし、子供たちは早くお部屋にお帰り〜』


アーテルは上機嫌な様子でそう言った。しかしその場にいた誰もがここから動こうとはしなかった。ただずっと、泣き叫ぶミヤと、動かなくなったアシュを見つめるだけ。


……い」

『ん〜?イソラちゃんなんか言った〜?』

そんな中、服の裾をぎゅっと強く握りしめたイソラが小さく何事かを呟いた。そしてアーテルが呑気にそう言ったと同時、悲鳴に近しい震えた声を上げる。


ッひどいよ、ひどいよっひどい!どうしてこんな事するの!どうして皆を奪ってくの!みんな何もしてないよ、とってもいい子で、優しくて、それなのに何でこんな酷い事ばかりするの……!」


彼女の心からの悲鳴を嘲笑うようにアーテルが言う。

『こんな事って、願いを叶えるための代償と考えちゃ安いモンだろう?たった13人の命で1人の願いが何でも叶うんだ!これ以上に最高なコトないよ!』


イソラが叫ぶ。

「っみんなを、苦しめて、貴方は一体何がしたいのッ!」

アーテルが喋る。

『僕はただ君たち哀れなゴミの子供に未来を与えたいだけさ!』


イソラが泣く。

こんなの望んでない  のに…………

アーテルが笑う。

『泣かないでイソラちゃん、君たちを救える神様は僕達だけなんだから』


そして、イソラが、告げる。


…………ああ   きっと貴方には心がないんだねだから私たちの、………みんなのきもちなんて、これっぽっちも分からないんでしょ?」


「人の幸せを奪って、壊して、殺すなんて、あなたは神様でも何でもないこんな事するあなたなんて、人間じゃ、ない。こんなの、……ただの、怪物だよ…………


何を言っても無意味なこの状況下で、諦めたような、弱りきった泣き声でイソラがそう呟いた。どうせこの悪魔に何を言ったところで愉快だと笑われるだけだ。自分たちの不幸は彼にとって極上の蜜なのだから。


無意味なのは分かってる。きっと彼に何を言っても嘲笑われるだけだから。イソラはそれ以上何も言わなかった。


そしてイソラの言葉を聞いたアーテルは、しばしの沈黙の後、呟いた。


『_______は?』


……予想外にも、彼の口から出た言葉は嘲笑ではなかった。その声はいつもと比べるとあまりにも低く、一切の抑揚と感情の無い冷たい声だった。先程とは打って変わって突如として感情を失ったアーテルの声に、イソラとミヤその場にいた子供たち全員がびくりと肩を震わせた。


『心がないって  なに?あるわけないだろそんなモノ  この期に及んでどうしてそんな下らないモノが必要なの?』


その声は明らかに怒りを滲ませているようだった。地を震わすような低い声に、その場の空気がピリッと凍りつく。


『心が無いから何だっていうの?そんな物がなくたって僕は君たちと違って十分幸せだ。怒りも嬉しみも分かる、欲しいものが何でも手に入る喜びだって。これ以上無いほど恵まれている、空っぽになった死体に縋りついたりなんてこともしない』


『そんな完璧な僕を、君は怪物だというのか?不完全な存在とでも?君たちに無いもの全てを持っているこの僕が、人間ではないと?』


責め寄るような、声。明らかな敵意と、僅かに感じられる殺意が、イソラを押し潰すように迫りくる。彼は何故こんなにも感情的になっているんだ?


無知な君に教えておいてやるよイソラ   この世界で大切なのは家族への愛でも明日への光でもない。"生きる意思"だ。醜く無様に生へしがみつく人間こそが、勝利へと導かれるのさ』


『泣けど祈れど誰も助けてくれないよ  そこにいる全員を殺すか、或いは、殺されるかでもしない限り  君たちに救いなんてないんだから。君たちは何の為に戦ってるんだい?綺麗事はよして  いい加減に目を覚ましなよ』


『君は"そういう奴"だろう?イソラ』


………ぁ、」

イソラが声を出そうとする。しかし言葉が出てこなかった。アーテルからの明白な敵意と突き刺すような言葉により、彼女はカタカタと小さく震えていた。


…………おっと!話しすぎちゃったね!すっかりみんな縮こまっちゃったみたい!ごめんね〜。僕はそろそろお暇させて頂くとするよ!皆もゆっくり休むんだよ、それじゃあね〜!』


凍りついた空気をぶち壊すようにいつもの調子に戻ったアーテルがケタケタと笑い去っていった。その声に先程までの面影は一切なかったが、子供たちは今しがた聞いた悪魔の声を忘れられないでいた。


………ミヤちゃん、セシリアちゃん、イソラちゃん、ひかりくん。……とりあえず部屋へ戻ろう。ここに居たってどうしようも出来ないよ」


子供たちを宥めるように優しい声でラーナがそう言った。みんなの頭を撫でた後、彼は未だ血の海の上でこちらに背を向け動かないミヤの肩に手を置いた。


……ミヤちゃん、立てる?」

………………………

涙でぐしゃぐしゃになったミヤの瞳は光を失い虚ろに開かれたままだった。何も言わない彼女の肩から手は離さずに、ラーナが穏やかな声で言う。


「帰ろう、ミヤちゃん」

ラーナがミヤへ目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。そしてゆるりと、ミヤの視線がラーナへ向けられる。優しい表情で微笑む彼の顔を見たミヤは、虚ろな瞳はそのままに大粒の涙を零す。


……アシュくんのことは、ミヤちゃんのせいじゃないよ。悪いのは全部あいつらのせいだから  君は何も悪くない」


ラーナの言葉は、手のひらは、とても優しくて。"大切な家族だから"と言ってくれたあの子みたいに、あたたかかった。泣き叫びたいはずなのに、もう声は出なかった。


行こう、みんな」

ミヤの手を包み込むように握りしめて、ラーナは立ち上がる。そのまま子供たちを連れて、その場を後にした。


部屋を出る間際。ミヤが、くるりと振り返り真っ赤に染まった家族の姿を見た。大切な家族、大事なお友達。二度と動くことの無い彼の姿を、その深紅の瞳に強く強く焼き付けた。


✝︎✝︎


****


あたまが、くらくらする。


椅子の軋む音が煩わしい。鳥の囀りが鬱陶しい。窓から差し込む光が疎ましい。


何もかもを失ったこの世界は、目に映るもの全部ガラクタにしか見えなかった。


この世で一番大切なものを失った。それだけが、今の自分に残された全てだった。


近くに置いてあった小瓶に手を伸ばす。力が入らない手では上手く掴めなかった。


ふと。首から下げられた金色がキラリと光る。それはもう二度と使われることの無いモノ。


ソレを乱雑に首から外して、机へ置く。


そしてそのまま、沢山の小さな罰を飲み込んだ。


すると、先程まで喧しく感じていた鳥の囀りが、木々のざわめきが、窓から差し込む光が、美しく目に映る。


心地良い。ただそう感じた。落ち着きを取り戻した心は穏やかで、微睡みの中にいるようだった。


その時。太陽の光に混じって、誰かが自分の前へと現れる。


それを見て、驚いたように目を見開いたあと…………嬉しそうに、どこか幸せそうに笑う。


…………ああ、本当に  あなたって人は」


差し込む光にゆるく手を伸ばす。


そして、確かな温もりを、掴んだと同時___



「__ッは」

ロゼが、目を覚ました。


きょろきょろと辺りを見渡すと、どうやらこの場所は医務室のベッドの上であるということがわかった。自分の腕には丁寧に包帯が巻かれていて、傷は差程痛みを感じない。きっとあのお人好しの男がやったのだろう。


「体ダッッッル……オレ、いつまで寝てたんだ?今何が起きてるんだ?」

覚束無い足取りでベッドから降りる。ずっと寝たきりだった為か足に上手く力が入らずフラフラとよろけてしまうも、何とか立ち直した。


外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。自分がゲームを終えてからどれほどの間眠っていたのかは分からない。たまに起きたりしていたが、最後に目覚めてから何日が経過しているのだろう?


ふと。自分が寝ていた場所と同じようにしてカーテンで囲まれたベッドを見つける。耳をすませばか細い寝息が聞こえてきて、そこに誰かが眠っているのがわかる。


(オレ以外にも怪我したやつがいるのか?てことは、他のゲームに参加した家族の誰か、……だよな?)


そんなことを考えていると、突然奥の個室からガタンッ!と椅子が倒れるような大きな音がした。びくりと肩を跳ねさせて音のする方を振り向く。


扉は開きかけていた。その扉の先は診察室のような場所になっていて、普通ならば余程のことがない限り入ったりはしない場所。そんな場所に、誰かいるのだろうか?


ロゼは無意識に、気配を殺し足音を消してゆっくりと扉の方へと近づいた。


開いている隙間から様子を伺おうとするも、カーテンが邪魔でよく見えない。


僅かに迷った挙句、ロゼは仕方なく扉を開く事にした。この屋敷の中に、怪しい人物なんて居ないだろう。そう信じて。


彼女は、大きく深呼吸したあと、


勢いよく扉を開けた。


そこにいたのは


おや?目が覚めたんですね、ロゼ」

…………あ??ニコラス?」


真っ白な白衣に身を包み、相も変わらず人当たりの良い優しい笑みを浮かべたニコラスの姿だった。


「なーんだオマエかよ、急に物音がしたからビックリしたぜ

「それは失礼しました、机の整理をしていたら足が引っかかってしまい……いえ、それよりも。ロゼ、容態は大丈夫ですか?あまり無理をしない方が

「っあーもういいって!オレは大丈夫だから!」


ニコラスがロゼを観察する。それに対しロゼは居心地の悪そうな顔でぶんぶんと両手を振って見せた。

「確かに怪我は大丈夫そうですね」

「お陰様でな!」


得意げな顔をしてニコラスへ元気よくブイ!とサインを送るロゼ。彼女の元気いっぱいな姿を見てニコラスがクスクスと笑った。


「そうと分かれば早速他のみんなにも報告しないとですね。……それと、貴方が眠っている間に起きたことなども話さないといけませんしね」


先程の優しい表情とは変わって僅かに真剣な眼差しでニコラスがそう言った。それにどきりと心臓が鳴る感覚を覚えながら、ロゼはこくりと頷く。


「きっと皆はリビングにいる事でしょうし、僕達もそちらへ向かいましょう。」

「おう………わかった」


そう言ってニコラスは、机の上に置かれてあった空っぽの小瓶を引き出しの中へと仕舞った。


それを何となしにぼんやりと見つめていると、準備が終わったのであろうニコラスに手を引かれる。


「では行きましょうか、足元に気をつけてくださいねロゼ」

「おい子供扱いすんなよな」

「病人扱いですよ」

そんなやり取りを交わしながら、2人は皆のいるであろうリビングの方へと向かった。


✝︎✝︎✝︎


アシュを置いて、リビングへと戻ってきた子供たちは身も心もボロボロだった。ミヤは膝を抱えて黙ったまま、イソラは俯いたまま、セシリアは涙をこらえたまま、ひかりは頭を抱え震えていた。


心に傷を負った子供たちは身を寄せ合うこともなく怯えているようだった。そんな中で、ラーナがぎこちなく口を開く。


………みんな疲れてるところごめんね。確認したいことがあるんだ」

ラーナの言葉を聞いて子供たちがゆるりとラーナの方を見る。彼は至極冷静な様子で話す。


ミヤちゃんと、ひかりくんについてだけど。ミヤちゃんはあの時、ひかりくんから"救済ルールについての話を聞いた"って言ってたよね?」

その言葉にびくりとひかりの体が跳ねる。対するミヤは、虚ろな表情で小さく頷く。


……………ミヤが、コロシアムに向かう前ひかりくんがミヤのとこまで来て、教えてくれたの……救済ルールは、誰も傷つける事無く無事に戻って来られる唯一の方法だって。…………でも違った  そんなのうそだった」


そう言った後、ミヤは膝を抱え顔を埋めてしまった。彼女の状態を汲んで次にラーナはひかりの方へと視線を移す。


………ひかりくんは、救済ルールについての話を誰から聞いたの?」

ビクッと、ひかりの体が先程よりも大きく跳ねた。そして彼は動揺しきった様子で言う。


「ちが、う、違う、違うんです  ぼくは  ちがう、こんなの、こんなつもりではなく、て   教えられたとおりに、ただ     役に立てるかも、って、」


視線をさ迷わせながらそんなことを呟く彼に、ラーナはゆっくり近づいたあと、彼の頭を撫でた。すっかり怯えきったひかりはその手にもビクりと反応するが、そんな彼を安心させる為ラーナは柔らかく微笑んだ。


「大丈夫、わざとじゃないのは分かってるよ。誰かに教えられたんだよね?誰に聞いたか、教えて貰えるかな?」

「っぁ、」


ラーナはひかりの瞳を真っ直ぐ見つめながらそう問うた。ラーナの金色の瞳を見てひかりはしばしの沈黙の後、


………  えません」


ひかりはふいっとラーナの目から視線を逸らし、ハッキリとそう言った。その言葉を聞いてミヤがガタッと立ち上がりひかりの服の裾を掴んで叫ぶ。


「っふざけないでよ!!ひかりくんが教えてくれたから、ミヤ救済ルール使ったのに!!」

「や、やめ、本当に僕は知らなかったんですッ!お願いです、信じてください!!」

「じゃあ誰なの、誰が言ったの!!?!何でアシュくんが、アシュくんが死ななきゃいけなかったの!!!」


そう言ってミヤはずるずると座り込んだ後、またわんわんと泣きだした。そんなミヤの姿を見て、ひかりも泣き出しそうな顔をする。ひかりはただ小さな声で"ごめんなさい"と呟いた。

ラーナはそんな2人の背を撫でながら、険しい顔をする。


…………ひかりくんに嘘の情報を与えた奴はきっとこの屋敷のどこかに居る。ひかりくんの様子からしても、本当に知らなかったみたいだから」


「っそ、それって、」

ラーナの言葉に動揺を隠せない様子でセシリアが声を上げる。ラーナが、こくりと頷いた。


考えたくないけど、多分、僕達家族の中に___」


「___裏切り者がいる、ですか?」


ラーナの言葉を遮るようにして誰かがそう言った。声のする方を振り向くと、そこにはニコラスと、寝たきりだったはずのロゼが立っていた。


「っ!ロゼっ!!」

「ようセシリア、久しぶり?だな」

ニコラスの後ろからひょこりと顔を覗かせてロゼがセシリアへと笑いかけた。しかしその場にいた子供たちは、ニコラスの姿を視認するや否や驚いたように目を見開いた。


「ぉ、お兄ちゃん、」

「驚いたな、ニコラスくんもう大丈夫なの?」

「ええ……ご心配をお掛けしてしまいすみません、ソラ、ラーナ。僕はもう平気です」


すっかり元の落ち着きを取り戻した様子のニコラスの姿を見て、イソラはほんの少し心がザワザワとする感覚に陥る。あんなに壊れた兄の姿を見たあとでは、仕方がないだろう。


「それより………ラーナ。この屋敷内に裏切り者がいるということですが」

「あぁそうだね。ひかりくんが救済ルールについての情報を誰かに聞いていたみたいなんだ。だけどそれが誰なのかはわからない。恐らく、口封じでもされてるんじゃないかな」


ラーナは真剣な顔でそう言った。ひかりがどのタイミングで誰から情報を貰ったのかは定かではないが、少なくともこの屋敷の外から出ていく姿を見ていないという点において、屋敷内の誰かが彼に情報を与えたであろう。ラーナはそう考えたのだった。


「でも……そんなの変だよ。だってセシルたちの中に裏切り者がいるとして、何で家族が救済ルールについての話なんて知ってるの?」


セシリアがおずおずとそう言った。それを聞いてラーナも顎に手を添えて考える。

「ひかりくんを騙した人間が本当に救済ルールについての情報を知っていたとは限らないんじゃないかな?救済ルールがどういうモノなのか知らずデタラメを言って騙した可能性もあるからね


………何でそんなこと、」

イソラが不安そうな表情で言った。

何かしら目的があったのか、それともこの状況を楽しんでいるかとかかな。これは全部仮説でしかないけどね」


そう言ってラーナは肩を竦めた。いずれにせよ情報が少なすぎる今、犯人を絞るのは難しいだろう。


なぁ、単純に考えりゃ……神父やシスターのが怪しくねえか?だってアイツら天蓋側の人間なんだろ?知っててもおかしくないだろ」

「どうだろうねアーテルが始めに言ってただろ?彼らは天蓋の一員ではあるがこの件に関しては無関係だって。神父様もアーテルには敵対してたみたいだったし……


ラーナにそう言われて、ロゼはむうと唸りながら難しい顔で頭をがしがしと掻く。考えても分からないことばかりで、頭がおかしくなりそうだ。当のひかりは依然立ち竦んだまま何も話さない。


………これはあくまでも僕の考えですが、この家族の中で唯一動向を確認できていない人物がいませんか?


袋小路に行き着いていた中、ふとニコラスがそう言った。そこにいた子供たちは一斉にニコラスの方へと目線を向けた。


ニコラスは暫し何事かを考えた後、静かな声で、言った。


「勿論、そうと決まった訳では無いので断言できませんが」


ひかりを騙した裏切り者って」


「サビクとチェカではないでしょうか」


ガチャり。


突然部屋の扉が開く音がした。バッとそちらの方を見ると、そこには、


…………ぇ?なに?」

?」


今しがた名を聞いたばかりの、サビクとチェカが驚いた顔をして立っていた。


……お、おかしいよ!何でサビくんだって思うの!?

咄嗟にイソラがニコラスへとそう言った。

「考えて見て下さいイソラ、貴方は最近2人の行動を確認しましたか?」

「それはっ

「彼らだけ唯一単独行動しているなんて、怪しいと思いませんか?」


子供たちの目線が一気にサビクとチェカへと集められる。いつもの目線とは違う、疑いや不安、恐怖が滲んだような家族の目線に、サビクはぎこちなく笑い、チェカは不安そうな顔でサビクの後ろへと隠れる。


「あ〜………よくわかんねーんだけど。ゴメン、何の話?」

「サビク、貴方何かを隠していませんか?」

「何かってなに?分かんないよ、何のこと?何言ってんのニコ?」

「僕達が知らない事を知ってるんではないですか?」

「だからわかんねえって!」


あの時突き飛ばしたこと根に持ってるの?ごめんってば。でもニコがチェカに手出そうとしたから、」

「いいえ、あの事に関しては気にしていません。……もっとも、チェカの発言については許し難いですが」


そう言ってニコラスが目線だけチェカを睨んだ。対するチェカはびくりと震える。

……チェカに悪気はないんだ、許してやってよ」

「本当にそうでしょうか?あの時点であなた方2人が連携していたとすれば?」

「だから何でそう疑うのさ!!」


疑心の目と言葉に耐えられなかったのかサビクはつい声を荒らげた。その声に驚き身を固めた子供たちの姿を見て、サビクはハッとする。


周りの兄弟たちは、全員自分のことを酷く怯えた様子で見つめていた。


そこでやっと気づいた。


今この瞬間、"自分は誰にも信用されていない"と。


…………………ああ   ハハ」

サビクが掠れた声で笑う。大好きな家族から向けられた恐怖と疑心と警戒の目から逃げるように顔を手で覆い、ぽつりと  泣きそうな、小さな声で  呟いた。


………オレは  ただ  願いを叶えたい  だけ  なのに」


「___もういいよ。」

突如、サビクを庇うようにしてラーナがサビクとニコラスの間へと立った。彼が割り込んだことでキツく張り詰めていた空気がほんの僅かに緩む。


「こんな状況で疑い合っても意味なんてない、ただ仲間割れが起きるだけだ。情報が少ない今誰が裏切り者かなんて分からないし、言い合っていたところで意味なんてないよ」


ラーナがニコラスを見つめながらそう言った。するとニコラスは、どこか切なそうな、なんとも言えない表情で目線を下げる。

すみません、ラーナ。ただ本当に、僕も恐れてるだけなんです」


恐れている。それはここにいる誰もがその通りだろう。みんな死ぬ事に恐れている。裏切られることに恐れている。信じていた家族を疑うことになって、恐れている。


僕、頭を冷やしてきます」

そう言ってニコラスは部屋を後にした。静けさの戻った部屋は空虚だった。あんなに信頼しあって、愛し合っていた家族の面影は、もうどこにもいなかった。


「サビクくん、チェカちゃん。…2人も部屋に戻った方がいい。疲れてるだろ」

………………そうだね、ありがとラーナ」

抑揚を失った低い声でそう呟いたサビクは、それ以上何も言うことなくチェカを連れて部屋へと戻って行った。


部屋に残されたのはラーナと、ひかりと、イソラとミヤ、セシリアだけ。たった今巻き起こった家族の対立のせいで、空気はどんよりと重かった。

そんな中、イソラが独り言のように言った。


……私、サビくんのこと、信じてあげれなかった。サビくんはいつも私に優しくしてくれたのに、あの時サビくんは絶対にそんな事しない!って、……………言ってあげれなかった


「何でだろう  あんなに優しくて、暖かくて、眩しいくらいキラキラしてたサビくんのこと、ほんの一瞬でも"怖い"って思っちゃったの」


イソラはぽろぽろと涙を流しながら頭に被ったベールをぎゅっと握りしめた。イソラにとって、常に自分に寄り添ってきてくれるサビクの存在はとても大きなものだった。それなのに今、自分は彼に寄り添うことが出来なかった。


イソラは、悪くないよ」

セシリアがイソラをぎゅっと抱きしめた。イソラはただ無防備に、されるがままに彼女の温もりを受け入れる。


……ひどいよね私。もうやだよ  優しい皆のこと、疑ったりしたくないのに」

溢れる涙を拭うことなくイソラは泣いた。かつてはこの孤児院こそが安心出来る唯一の場所だったはずなのに、今やそんな面影ひとつ残っていなかった。


当たり前のはずだった家族との幸せな毎日はもう戻ってはこないのだろう。今や失われてしまった愛も信頼も、取り戻すことは出来ないだろう。絶望の底で、か弱い子供たちはただただ無力だった。


そんな子供たちに追い打ちをかけるように、キィンというノイズが響く。


『____疑い合いの探り合い人間ってのは本当に醜くて愚かだよね、家族だ愛だ語っていたくせに、いざ危険を目の前にすると絆なんて圧倒いう間に壊れちゃうんだもんね』


アーテルはくつくつと楽しそうにそう笑った。それを聞いて、ラーナはぎゅっと拳を強く握りしめた。


『なーんて、まぁそんなどうでもいい話は置いといて、次のゲームの対戦相手の発表をさせてもらうよ!』


あんなに恐ろしかったはずの悪魔の声も、もはや聞き慣れてしまったような気がする。ぼんやりとそんな事を考えながら、誰も何も答えることなく悪魔の声を聞く。


『みんな元気ないねぇ〜、まいいや!それじゃあ発表するよ!』


『次の対戦ペアは』


『ひかりくん&ラーナくんでーす!』


「ッッひ、」

その瞬間、ずっと立ち竦んでいただけのひかりが顔を真っ青にして小さな悲鳴を上げた。その表情は恐怖に支配された顔だった。目を見開き凍りついたように動かなくなったひかりを見て、ラーナが訝しげな顔をする。


………ひかりくん?」

ラーナが心配してひかりへ触れようとする。が、その瞬間ひかりはラーナの手を思いきり弾いた。


突然の衝撃にラーナは驚いた顔をする。ひかりはハッとして青ざめたあと、彼に何かを言おうと口を開いて…………暫しの迷いの後、閉じる。


ごめ、んなさい。ラーナさん」

弱々しい謝罪の言葉を口にしたあと、ひかりは逃げ出すようにその場から走り去ってしまった。


「ッな、おいひかり!!」

ロゼは慌ててひかりの後を追った。部屋に取り残された子供たちは、驚いたように目を瞬かせていた。


『アハハ。怯えちゃってるみたい、何でだろうね〜?まぁとりあえず、………しっかり頑張るんだよ!ラーナくん』


アーテルはどこか笑みを含んだような声でそう言った後、そのままブツリと居なくなった。


「ら、ラーナ、」

「僕は大丈夫、……でも、まさかよりのよってひかりくんが選ばれるとはね

セシリアが心配そうにラーナを覗き込むと、ラーナはセシリアに優しく微笑みを向けどこか困った様子でそう言った。今のひかりの精神状態では、マトモにゲームを行えないのではないかと懸念したのだろう。


…………とりあえず今はみんなも部屋に戻ろう。考えたって仕方ないしね」

ラーナはそう言ってどこかぎこちなく微笑んだ。その笑みの裏に抱えている感情を、セシリアには読み取ることが出来なかった。


ラーナに誘われるがまま、セシリアはミヤ、イソラの手を引いて扉の方へと歩く。そうして4人は、冷たい空気の漂う部屋を後にした。





しっかり頑張って、か


言われなくてもそうするよ


僕は、お前の言いなりにはならない


お前の思い通りにはさせない


……せいぜいそこで見てなよ、神様


金色の瞳が、うっすらと細められた。