STORY


第一話「紛うことなき蜃気楼」

 

 

折りたたむ

 

「おはよう、オレの可愛い兄弟たち。朝だよ、起きて!」

サビクの元気いっぱいな声を聞いて、12人の子供達はゆっくりと、心地の善い眠りから目を覚ました。

「…ふぁ、あ…あ、サビくんおはよお〜」

「おはよ〜イソラ、相変わらず寝起きがいいねぇ」

「えへへ〜」

眠そうに目を擦りながらも1番にベッドから起き上がったのは空色の髪の少女、イソラだった。

「じゃあ、おはようのハグね〜」

「わーっ待って待って!!」

イソラの抵抗虚しくサビクはルンルンな様子で緩くハグをした。それを拒むことも出来ず、イソラはう〜っと固まったままだ。

「んー…、…あ!!サビク!!セシルも!セシルもハグしたい!」

微睡みからうとうとと目覚めたのであろうセシリアは、2人の様子を見てバッと起き上がった。

「ハイハイ、セシリアもおはよ〜」

「えへへへ」

セシルも!と目を輝かせる彼女をぎゅっと抱きしめると、セシリアは満足そうな、幸せそうな笑顔で笑った。

「朝からいっつもハグって、サビクさん飽きないね〜」

「ハグは大切な挨拶だかんね、ほ〜らエルダもハグぅ〜」

「あはははっくすぐったーい」

そんなやり取りをしていると、未だうとうとと寝ぼけていた何名かの子供たちが一人一人眠りから覚醒していく。

「わ、サビクくん今日は僕らより早起きなんだね」

「当たり前じゃん!何たって今日は神父サマが来る日だかんねぇ」

「神父様が、と言うよりは配給がって所かな」

「うるさいよ!」

1ヶ月に一度。食材や物資の配給として神父が外からやってくる事がある。そしてその日が今日なのだ。そういう日はシスターも忙しくなる為、皆が早起きしてシスターの代わりに家事や洗濯、掃除のお手伝いをする日と決まっている。もっとも、サビクはただお菓子が配給される事を期待してるだけだろうが。

「今日神父様が来るんだ!!久しぶりに遊べるの、ミヤ楽しみ〜!」

「神父さま、ちょっと怖いからおれヤダな…」

「なんで〜!神父様いっつもミヤと遊んでくれるよ!」

「まぁアイツうさんくせえしな、オレも好きじゃないぜ」

アシュ、ミヤ、ロゼが身辺整理をしながらそな話をしていると、「こら」とロゼの頭をラーナが小突いた。

「神父様の事を悪く言っちゃメッだぞロゼちゃん」

「何でオレだけなんだよ!」

自分だけ叱られたことに納得がいかないのか、ロゼはラーナへ不満をぶつけた。

「あれ?1人いなくない?…ミアどこいった??」

サビクは1箇所のベッドだけ何故か誰も寝てい無いことに気づく。そのベッドの持ち主はミアだった。しかし辺りを見渡しても、彼女が先に起きたのであろう形跡は見当たらない。

「っぇ〜…どこ行ったんだろ…」

ほんの少し心配そうな不安そうな表情のサビクに、ルーナが声をかける。

「サビク、こっち」

未だベッドに入ったままのルーナが少し、困ったような笑顔でサビクに手招きをする。不思議そうにサビクが近づくと、ルーナがシーツをひらりと捲る。そこには……

「あっ!!」

そこには、ルーナに寄り添うように体を丸くしてくぅくぅと寝息をたてるミアがいた。

「昨日の夜、いつの間にか入ってきてたみたいでね…」

「かんんッッッッッわぃい〜〜ッッ…!!!」

あまりの愛らしい光景に今にも泣きそうな顔で口元を抑えるサビク。しかしこのまま起こさない訳にもいかないので、どこか名残惜しそうに、ルーナにミアを起こすよう伝えた。

「さて、全員起きたかな!シスターが朝ごはんを用意して待ってるから早く降りよう!」

「んぅう〜〜…………あさぁあ……」

部屋を出ようと扉に手をかけたその時。後ろの方でもぞもぞと音が。

「嘘だろ??パロまだ寝てたの?おい起きろー!」

皆がワイワイとしている中未だ爆睡をキメていたパロディがぎゅっとシーツに丸まる。

「ほら布団に潜らない!朝だー!」

「んぁーーッ!!」

シーツをひっぺがされても尚まだ寝ていたいと言わんばかりにベッドの上で丸まるパロディ。見兼ねたサビクはニコラスを呼ぶ。

「ニコ、この寝坊助のこと起こしてやって」

「おやおや、困りましたねぇパロは」

ニコラスはクスクスと笑いながらパロディの肩をぽんぽんと叩いた。

「起きて下さいパロ、一緒にご飯食べましょう?」

「おきる!」

先程までのやり取りが嘘のようにパロディはガバッと起き上がった。

「パロって何かニコの言う事だけは聞くよねぇ」

「フフ、そうですね、不思議ですね」

満更でもなさげなニコラスを見てヤレヤレと肩を竦めながら、

「じゃあ皆、準備が出来たら下に降りてきてね〜」

と声を掛けサビクは部屋を後にした。

 

◆‪✝︎◆

 

「おっ、チェカもうお手伝いしてたの?早いねえ」

「サビク!遅いよー!チェカ1人でいっぱい運んだよ!」

「あはは、偉い偉い、チェカは流石だねえ」

「えへん!」

1階に降りると既にチェカがみんなの分の皿を小さな手いっぱいに持ち運んでいた。健気な彼女の頭をサビクはぽんぽんと撫でた。

「オレも手伝うよ、半分貸して」

「や!チェカ1人でできるもん!」

「えぇ〜?転んだりしたら危ないよ」

「チェカお姉ちゃんだから大丈夫!」

そんな事を言いながら自信ありげに歩いていくチェカ。しかしその瞬間、足元を見ていなかったせいかチェカが床の小さな段差に躓いた。

「ぁ"!!!チェカ危ない!!」

「きゃーーー!!」

間一髪、サビクが皿をキャッチし同時にチェカを抱きしめたまま床へ転ぶ。ドターン!と派手な音が部屋中へ響いた。その音を聞いてバタバタと上から子供たちが顔を覗かせる。

「なになに!?どうしたの?!」

「サビクさん、チェカちゃん、大丈夫ですか?」

ひょこりと上から顔を覗かせたイソラとひかりが、心配そうに2人へ声をかける。

「イテテ…大丈夫〜、皿は無事だしオレ達も無事〜」

「もう!サビクのばかばかばか!」

「何でチェカが怒るのさ…」

ぷくっと頬を膨らませてチェカがポカポカとサビクの胸を叩く。サビクは困ったように笑いながらチェカを抱え起き上がると、落とさないように皿をテーブルへ置いた。

「さて、これで全部かな?チェカのお陰で助かったよ」

「…チェカのおかげ?」

「そ、ありがとうねえ」

「…えへへ!どう致しまして!」

先程のムスッとした表情はなりを潜め、すぐに明るい笑顔がサビクへ向けられる。

「可愛い我が子達〜、もうすぐ出来るわよ〜」

キッチンの方からシスターの声がすると同時。ワイワイと子供たちが2階から降りてきた。

今日も、賑やかな朝が始まるのだった。

 

◆‪✝︎◆‪✝︎◆

 

『ご馳走様でした!』

朝食を食べ終わった子供たちが声を揃えてそう言うと、シスターが さて!と手を叩く。

「今日は神父様が遊びに来てくれる日よ、私も忙しくなるから、皆色々手伝って頂戴ね」

「ママ!セシル、ママのお手伝いする!」

「あ!ミヤもミヤも〜!」

「私も!」

セシリアとミヤとイソラが元気よく手を挙げると、シスターは嬉しそうに笑いを零しながら、

「じゃあ3人にはお洗濯を手伝ってもらいましょうか」

と言った。3人ははーいと大きな返事をした。

「それじゃあ、私は洗い物を」

ルーナが席を立つと、そのままソロソロとどこかへ行こうとしたロゼの手を取る

「ロゼはお皿のお片付けを手伝ってくれるわよね?」

「げっ、何でオレが…!!」

「いいでしょう?ねっ」

ニコニコと笑うルーナに負けたロゼは、渋々と皿を片付け始めた。

「じゃあ僕は掃除を…」

「あ、ひかり!ぼく…じゃ…なくて、おれも手伝うよ」

「!…いいんですか?アシュさん」

ひかりの側へ駆け寄ると、アシュはにこりと優しく微笑んだ。

「うん、1人じゃ大変だろ?一緒にやろ」

「…はい!」

こっちこっち、とアシュはひかりの手を繋ぎ兄らしく弟の手を引いた。

「チェカお部屋のお片付けするー!」

「あ、ミアもやる!」

「じゃーチェカお姉ちゃんだから、ミアちゃんにいろいろ教えたげる〜!」

小さな少女2人がキャッキャとはしゃぎながらパタパタと階段を登っていった。

「オレたちは神父様のお出迎えしよーよラーナ」

「うーん…まぁそうだね、僕らは力仕事の方が向いてるし」

「そうと決まれば出発〜!」

「わ、ちょっとサビクくん走っちゃ危ないよ!」

ラーナの腕を掴んでサビクは外へと一目散に駆けた。

「ふむ…それでは僕達は洗濯物を取りこむとしましょう」

「あ、それ面白そう、僕も手伝うよニコラスさん」

「オレも行く〜!待ってえや〜!」

外へ出ていったサビクとラーナに続き、ニコラスとパロディ、エスピダもぞろぞろと外へと向かっていった。

「ふふ、今日も我が子達は元気いっぱいね」

それぞれがそれぞれの手伝いをする子供達を見て、シスターは愛おしそうに、また嬉しそうな笑みを浮かべながら、幸せに頬を緩ませた。

 

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ゴミの世界と孤児院を隔てる大きな門と、壁。ラーナとサビクがそこに辿り着くと同時、向こう側から門がギギギ、と音を立て開かれた。そして門の外からは、沢山の食糧を抱えた何人かの男と、神父の姿が。

「やっほー神父サマ〜!」

「お久しぶりです神父さん、手伝いに来ました」

一方は元気よく、一方は礼儀正しく挨拶をする2人の青年に、神父はにこりと優しい微笑みを浮かべる

「こんにちはラーナ、サビク。元気そうで何よりだ」

神父が大きな手で2人の頭を撫でる。ラーナはどこか照れくさそうに笑った。

「それでは2人には、この大荷物を半分持って頂こうかな」

「ガッテン承知!任せてよお」

「いつもいつも僕らのためにありがとうございます」

「なぁに、可愛い子供達の為ならこのくらいどうって事ないさ」

荷物を受け取ると、サビクははしゃぎながら食料庫の方へと駆けていった。

「それに、こうして元気に大きくなっていく君達を見れるのならそれだけで十分だからね」

神父は優しくラーナへ微笑んだ。その微笑みに胸が暖かくなる感覚を覚えながら、ラーナも微笑み返した。

ギィ、と音を立て、大きな門がゆっくりと、ゆっくりと閉ざされていく。ガシャンと大きな音を立てたと同時。この空間はまた、ゴミの世界と隔離されたのだった。

 

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洗濯を終えたのであろう3人の少女は、大量の洗濯物を両手にワイワイと話しながら天気の良い空の下を歩く。

「今日もお洗濯物いっぱいだね〜」

「イソラ!ミヤが半分持ったげるよ!」

「いいの?えへへ、ありがと〜」

ミヤがイソラの洗濯物を半分受け取ると同時、視界端でセシリアがよろりとふらついた

「セシリア、大丈夫〜?ミヤ持つよ?」

「ううん、大丈夫、セシル、これぐらい、平気…!」

「こ、転ばないようにねセシルちゃん…」

大きな籠に沢山の洗濯物を入れたセシリアが、バランスを崩さないように真剣に歩く。その姿を2人はどこか心配そうに見つめていた。

「あーーーー!サビクそれぇ!」

ふと、少女3人の後ろで大きな声が響く。

「エヘ〜、お菓子頂いちゃった〜笑」

「ずるいぞ!絶対ソレが狙いやったやろ!」

「羨ましいなら奪ってごら〜ん!」

「待て待てぇー!」

「おやおや、お二人共朝から本当に元気ですねえ」

お菓子を巡って追いかけっこをしているパロディとサビクと、それを愉快そうに見守るニコラス。元気に走り回る二人を見て、イソラ達は顔を見合せたあと、ぷっと笑いを零す。

「もう、サビくんたらホントやんちゃさんなんだから〜」

「パロディお兄ちゃんからかわれてやんのー!」

「お、おちる……」

平和な1日。当たり前の毎日。そんな子供達の様子を、空では煌々と照らす太陽が見守っている。心地よい風が干したてのシーツをバサリと揺らした。

 

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「今日もあっという間に終わったね〜」

「一日中手伝いしかしなかったぜ…だから神父のヤローは嫌いなんだよ〜」

夜。ベッドへ腰掛けて足をパタパタとしながらそんな話をするロゼとエスピダ。普段常に放浪しているロゼにとっては、確かに今日という一日は目まぐるしいほどに忙しい日だっただろう。

「ふふ、でもしっかりお手伝いしてくれてとっても助かったわ、ありがとうロゼ」

「…ふん、別に言われたからやっただけだし……」

「ふふ、素直じゃないんだから。」

クスクスと笑いながら、ルーナはそっぽ向くロゼに近づき額にそっとキスをした。何が起こったかわからないと言った顔で硬直するロゼは、ぶわっと顔を真っ赤にした。

「だから!それ!やめろってば!!」

「あら、相変わらず真っ赤ね、可愛いわ」

眩しいまでの微笑みを浮かべるルーナとわたわたと慌てるロゼ。エスピダはその2人のやり取りをケラケラと笑いながら見ていた。

「オレも〜クタクタやわ!サビクのせいで走り回らされるから〜」

「ふふっ、サビくんとせんせ、とっても仲良しだったね」

「仲良くなんかあらへんもーん!」

ベッドの上で伸びてるパロディに、昼間の一部始終を見ていたイソラはクスクスと楽しそうに笑った。

各々がワイワイと話していたその時、部屋の扉がガチャりと開く音がする。扉の方を見るとそこには、就寝の準備を終えたのであろうサビクとチェカがいた。

「皆今日はお疲れサマ〜、シスターも助かったってさあ」

「あれ、サビクくん もしかして神父さん達今日は泊まり?」

「そ、だからオレとチェカで準備してたのさ」

外の世界から遥々やって来た神父たち一行は、昼までに用事が終わればその日に退散することが多いが、たまに1日だけこの孤児院に泊まる事がある。そして今日がその日らしい。だからだろうか、チェカも少し嬉しそうに見える。

「まぁ明日からはいつも通りゆっくり出来るだろうし、皆も今日は疲れてるっしょ?早めに寝るようにね〜」

ふあ、と大きな欠伸を零しながら、サビクはいつもの恒例の儀式と言わんばかりに、弟妹達一人一人とおやすみのハグをしていく。そしてそれを大体の者が受け入れるのだ。

「ほら、イソラも」

「う、うん……」

サビクが緩く両手を広げると、イソラはぎこちなく手を右往左往させながら固まる。どうやら自分からハグをする事に慣れていない様子だった。それをサビクも分かった上でやっている。

1分ほどおろおろと迷ったままのイソラを見兼ねたサビクは、ぎゅっと大きくハグをする。そして他の子達にやったように、背中をポンポン、と撫でながら言うのだ。

「おやすみ、イソラ。良い夢を」

イソラはきゅっと自分の両手を胸の前にして固まっているようだった。しかしサビクのその優しい声を聞いて、彼女もまた「おやすみ サビくん」と返すのだった。

「…さて!皆と寝る前に挨拶は済ませたし、オレも部屋に戻るとするよ。みんな本当にお疲れ様!」

パッと身体を離し扉の方へと歩いていくと、みんなの方へ向き直してにっこりと微笑んだ。それを見て子供たちは、今日も平和に一日を終えれたことを実感するのだ。

「じゃあおやすみ。夜更かしとかしないよーにね」

サビクがそう言うと、彼が部屋の電気をカチリと消した。皆が寝床についてるのを確認したあと、サビクはチェカを連れてそっと部屋から出ていった。

…サビクが出ていったから数十分後。布と布が擦れ合う音、小さな寝息だけが聞こえる空間。真っ暗な部屋には窓からの月の光が朧気に差し込んでいる。もぞもぞと、布団の中から顔を覗かせたセシリアは、目の前のベッドで寝ているミヤとぱちりと目が合った。

「…ミヤ、おきてたの?」

「うん、何だか眠れなくって」

自分たちに聞こえるほどの小さな声で、少女ふたりがコソコソ話をする。

「セシリアも眠れないの?」

「うん、セシル、明日何しようかって考えたら、楽しみで…」

「あははっ、なにそれ」

クスクスと笑いを零すミヤに、釣られるようにセシリアも笑う。

「明日はね、皆と追いかけっこもしたいし、ママのお手伝いもしたいし、ミヤやイソラと、お花の冠作ったりしたい、いっぱいしたいこと、あるの」

「ふふ、セシリアはいつも楽しそうだね」

「……ミヤは、違う?」

こてんと、小首を傾げるセシリアに、ミヤは少しの間のあと、にぱっと明るい笑顔を見せる。

「ううん、ミヤもとっても楽しみ!明日はミヤも、セシリアや他の皆と沢山遊ぶの」

その言葉を聞いてセシリアは嬉しそうに笑う。そして欠伸をくぁ、と1つ。

「ふあ…お話してたら、眠くなってきた…」

「ふふ、ミヤも〜」

「じゃあ、おやすみ、しよっか」

「うん、おやすみセシリア 明日もいっぱい遊ぼうね」

「うん、ミヤも、おやすみ」

月夜の部屋の中、2人だけのコソコソ話を終えた少女たちは、目を瞑り明日のことへ思い馳せる。

朝起きたらまずは皆におはようを言って、シスターの美味しいご飯を食べて、お手伝いをする。それが終わったら、外で追いかけっこしてもいい。隠れん坊でも楽しいな、お花畑で冠を作るのだって、お絵描きするのだって。皆となら何をしたって楽しいに決まっている。

そう思うだけで、自然と、明日が来るのが楽しみに思えてくる。早く明日にならないかな、なんて可愛らしい期待と共に、2人はゆっくりと、夢の中へと落ちていくのだった。

 

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『そうだね…明日が楽しみだね、みんな』

 

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朝。

いつもと変わりのない朝。小鳥の囀りと、太陽の光とが朝が来たことを知らせる。今日もいつも通りの一日の始まりを迎えるのだと思った。しかし、何かが1つ違うとすれば。

いつも喧しく騒ぎながらみんなを起こしに来るはずのサビクが、いつまで経ってもやってこない。

寝坊だろうか。そうだとすれば、いつも早起きのチェカが代わりに起こしに来るはずだったが、どうやら今日はそれも無いらしい。

小鳥のさえずりと風のせせらぎを聞いて、ぱちっと目を覚ましたのは、ミアだった。ミアはもぞもぞとベッドから起き上がると、ジャックをぎゅっと抱きしめて挨拶をする。

「おはようジャック」

辺りを見渡すと、どうやらまだサビクが起こしに来ていないらしい。皆心地よさそうに寝息を立てて眠っている。起こすのも悪いと思ったのか、ミアはこっそりと、音を立てないようにベッドから降りると、そろそろと部屋の外へ出ていった。

部屋の外はびっくりするほど静かだった。それは朝だからとかではない、本当に、物音一つ聞こえないのだ。いつもならサビクやチェカの話し声、シスターが朝ごはんを用意する音など、日常そのものの音がするはずなのに、今日は何故かそれが無い。

「………サビクお兄ちゃん?チェカおねえちゃん?……シスター?」

小さな呟きは静かな廊下に反響するだけ。その不気味さに恐怖を感じたのであろうミアは、ジャックをぎゅっと抱きしめる。しかしミアは泣いたりしない。なぜならここは、自分の大好きな安心出来るお家だからだ。

この場所に危険がないことを、ミアはよく知っている。みんなが優しくて、みんなが暖かくて、平和で、幸せな世界。だから怖くなんてない。いつもと少し違うだけ。

「ジャック、いこ」

そう言うとミアは、迷いなく階段の方へ歩を進める。そしてゆっくり、ゆっくりと、転ばないように気をつけながら階段を降りて行く。

…1階にひょこりと顔をのぞかせると、不思議なことに、テーブルの上には中途半端に用意された皿が並んでいた。それは明らかに、途中で中断されたのであろう形跡そのものだった。しかし辺りを見回しても、そこには誰もいない。

「………しすたー?」

呼んでみても返事がない。シスターはどこへ行ったのだろう?もしかしてサビクお兄ちゃんとチェカお姉ちゃんは、お寝坊さんをしているのだろうか?そんな考えが過ったミアは、いい事を思いついたとばかりに表情をパッと明るくさせる

「ジャック!いつもおこしてもらってる代わりに、今日はミアがサビクお兄ちゃんたちをおこしにいくの!」

楽しそうにそう話すミア。そうと決まれば早速出発だ。階段を降りたミアは、足取り軽くサビクとチェカが眠る寝室の方へ歩いていく。

らん、らん、らん。るん、るん、るん。

ご機嫌な歌を口ずさみながら、すっかりお空に昇ったお日様に照らされた廊下を歩いていく。サビクとチェカが眠る部屋は、ミア達が眠る部屋と別で1階の奥にある。一度その部屋に遊びに行った事のあるミアは、迷うことなく真っ直ぐそちらへ向かっていく。

すると道中。誰かの声が聞こえた。突然の声にミアはきゅっと身を強ばらせるが、耳を澄ますとそれは、男性と、女性の声のように聞こえる。音のする方はサビク達の寝室の方ではない。別の部屋からだ。

「どこだろう?」

ミアはその声の主を辿るように探し回った。

音をたどっていくと、それは段々と近づいているのか、声は鮮明に聞こえてくるようになった。どうやらこの声はシスターと神父のモノのようだ。よく聞いてみると、何やら啜り泣くような声がする。

ないているの?悲しいの?不思議に思いながらもミアは、ようやく2人に会えるという期待の方が大きかったのであろう。タッタッタッと、2人がいるであろう部屋の前までやって来た。

部屋の扉は開きかけだった。おかげでミアが背伸びをしてドアノブを掴む事に苦戦する心配はない。小さな身体では重たいであろう扉のそれも、2人に会えるという期待の前ではなんてことも無い。扉に身体をくっつけ、前へと体重をかける。すると扉は、ギィイ…と音を立てながらゆっくりと開いていく。

「しすたー!しんぷさま!おはよ…」

シスターと神父がバッと振り返る。その表情はいつもの優しい表情ではない。そしてよく見るとその部屋には、怖い顔をしたサビクと、泣いているのだろうか?ぎゅっとサビクに抱きついて顔を埋めるチェカがいた。

どうしてみんなそんな怖い顔をするの?どうしてそんな驚いた顔をするの?ミアが早起きだから?

状況を飲み込めていないミアは、ふと。シスターと神父の真ん中から見えるものに視線を映す。

サビクがミアの存在に気づいたのは、扉が完全に開ききって壁にぶつかる音がした時だった。彼女の姿を認識したサビクは、ぎょっと目を見開く。しかしどうやら一足遅かったようで。

「ッッミア、」

小さな少女の視線は動かない。彼女はサビクの方を見ない。彼女はただ目の前の一点をわけも分からぬ様子で見つめる。そして彼女が、目の前に横たわる"それ"が何かを認識した瞬間。

「あ」

神父服を着た、傷だらけの人、人、人、人。血だらけの、床、壁、人、しんぷさま、しすたあ。漂う鉄の匂いは、嗅いだことのあるにおい。目の前のそれを、「死体」だと認識したその瞬間。

「っっきゃああああああぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!」

少女の、劈くような大きな悲鳴が、孤児院中に響き渡った。

…ぱちりと目を開ける。どうやらみんな既に起きていたようで、アシュは自分が寝過ごしてしまったのかと焦って飛び起きる。しかしどうやら何かがおかしい。皆落ち着きがなくわたわたと慌てているようだった。…一体なぜ?何があったのだろう。

寝ぼけた頭ではみんなの声を聞きとるので精一杯だった。…ミアがいない?何かがおかしい?サビクは、どこだ?……みんなは一体なんの話をしているのだろう。

「ッなあ、なぁ、なあ!!あれ何やねん?!あんなん昨日まで無かったやろ!!」

恐怖を滲ませた声で、窓を見つめるパロディが叫ぶ。その声に釣られるように、皆が窓の外を覗いて、絶句する。アシュもそろそろとそれに続き、窓を覗くと。

「……………な、に?あれ…っ…?」

そこには、いつも通りの草原と、いつも通りの青空。それと、明らかな程に異質な存在感を放つ、大きな大きなドーム状の"建物"。あんな物は、昨日の時点で、無かったはずだ。

「っっきゃああああああぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!」

遠くで、少女の悲鳴が聞こえた。それに意識を引き戻された子供たちが、バッと開きっぱなしの部屋の外への扉を見る。明らかな異常事態に、震える者や、泣きそうになる者がいる。

「ミアちゃん!!」

先陣を切ったのはラーナだった。迷わず部屋を飛び出したラーナに、戸惑いを隠す事なく、みんなも続いた。

何かが、変だ。

訳の分からぬ恐怖心に苛まれながら、アシュもみんなの後を追った。そして部屋はあっという間に、空っぽになった。

 

◆‪✝︎◆‪✝︎◆‪✝︎◆‪‪✝︎◆‪✝︎◆‪‪✝︎◆

 

ひっくひっくと、嗚咽を上げながら泣くミアをラーナが抱きしめる。チェカも逃げるように、サビクのお腹に顔を埋めて抱きついたまま動かない。ミヤやイソラ、ロゼやセシリアも動揺を隠せないと言った様子だった。

「…………何で、あんな事に?あれ、神父さんと一緒に来てた人達だよね?サビクくん、何があったの」

冷静なラーナの問いに、僅かに動揺を滲ませた瞳のサビクが、口をぱくぱくとさせたあと、言葉を発する

「…分からない。オレが来た時にはもう死んでた。シスターの悲鳴が聞こえたから急いで向かったんだ、そしたら…」

「わかった。思い出させてごめんね、サビクくんも怖かったよね」

サビクの声はほんの僅かに震えていて、その声色から彼が恐怖を感じていることは明らかだった。チェカを抱きしめる手にきゅっと力が入る

「…血の色からして、恐らく死んでからそんなに時間は経過していないでしょう。明らかに他殺でしょうが、シスター達の動揺からするに彼らが手を掛けた訳ではない」

あの現場を見たニコラスは一瞬で状況を冷静に判断したようだった。いつものにこやかな顔とは打って変わって、真剣な目つきでそう言った。

「……どうして…?誰が、こんなことするの…?」

涙を滲ませたセシリアが震える声でそう言った。その問いには誰も何も言わなかった。何故なら、ここにいる誰もが、どうしてこんなことになったのかわからないからだ。

「お、落ち着いて下さい皆さん…他に欠けている人はいませんよね?全員ここに居ますよね?」

ひかりがそう言うと、皆は周りを確認する。幸い、外部から来たあの数名の神父達以外に手を賭けられた者はいないようだった。

「あの建物といいこの状況といい…一体何が起きてるんでしょうか…」

独り言のように呟かれたひかりのその言葉に、ルーナが彼の身体を慰めるように自身の方へと抱き寄せる。

「る、ルーナさ、」

「大丈夫よひかりくん」

ルーナはそれ以上何も言わなかった。だからひかりも何も聞かなかった。その変わり、ひかりは彼女の暖かい温もりにピッタリと寄り添った。

 

ジジ、ジッ、ジッ。

 

突如。困惑と恐怖に支配された子供たちの元に、謎のノイズ音が響き渡る。突然の音にそれぞれ身を寄せあって警戒する中、その空気をぶち壊すように軽快な声が辺りを蹂躙する。

 

『あ、あーーー、聞こえるー?マイクテストマイクテストぉ〜』

 

どこからともなく聞こえたそれは、1度たりとも聞いたことの無い男の声だった。あまりに近くで聴こえるから最初は気づかなかったが、どうやら音の発生元はあの異質な建物からのようだった。

 

『うん、その反応的に多分聞こえてるね〜。改めまして、こんにちは僕の可愛い子供たち!皆と話せる日を楽しみに待ってたヨ〜』

「誰だ」

 

男の声に怯むことなくラーナが声をはりあげた。すると男はケラケラと楽しそうに笑った。

 

『まぁそー怒んないでよラーナくん、そうだよね、まずは名乗るのが先だよね。うんとね〜……うーん…どうしよっかな………通りの良い名前…名前…』

 

男は独り言のようにウーンと悩む素振りを見せる。その間子供たちは片時も警戒を解かなかった。

 

『…よし!じゃあ僕のことは"アーテル"とでも呼んでくれ!あ、君たちのことはよく知ってるから自己紹介は大丈夫だよ』

 

アーテルと名乗るその男はヘラヘラと笑いながら話す。するとルーナが敵意を剥き出しにして男に問い掛ける

「貴方は何者?何故私たちのことを知っているの?」

『あーあーまぁそう焦んないでよルーナちゃん。ちゃんと説明してくからさ』

ルーナは実態のないそれを思いっきり睨みつけた。しかし男がケタケタと笑っている様子からして、恐らくこちらの様子を何かしらで認識しているのだろう。

『僕達は君たちゴミに生きるゴミの子供たちに救いを与える存在…多分みんな聞いたことあるよね?"天蓋"だ。そして僕はその組織のトップ、つまりお偉いサンだよ。』

男の口から出た名前はここにいる誰もが知っていた。何故なら天蓋は、自分たちをここへ連れて来た組織だったからだ。

男があっと訂正を加えた。

『ちなみにそこに居る神父とシスターは僕らとは全くの無関係だよ、天蓋にも色々あるからねぇ。だから彼らは信用してもらっても問題ないよ!ま、少なくとも逃げ出そうとした何人かは殺しといたけど』

それはきっと、あの部屋で血みどろになって倒れていた彼らのことだろう。

『まぁ難しい話はナシとして、僕達は君たちに輝かしい未来を与えたくてね。如何にも未来が無さそうな子供たちを無作為に選んでここへ連れて来たんだ。だから君たちはラッキーって事!命も保証されて美味しい食事も暖かな寝床も用意されて、幸せでしょ〜?』

『でもさぁ、それだけじゃ足りないよね?みんな誰しも持ってるでしょ?あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたいとかこうなりたいとか。その"欲望"に蓋を閉めたまま、一生この生温い箱庭で生き続けるなんて、つまんないよね?』

男は流暢に、止まることなく話を進める。

『だーかーら!皆にはゲームをしてもらおうと思って!それで勝った人には、みんなの願いなぁ〜んでも叶えてあげるよ。約束しよう、僕らの権力全てを行使して君たちの中の1人の願いを叶えてあげる』

その言葉に子供たちはぴくりと反応した。そんな神様のような真似事が本当にできるのか?いや、それよりも。

「ゲームって何のこと?1人って?」

『まぁ落ち着いて!…皆にしてもらうゲーム…それは、お互いの願いを掛けた"殺し合い"だよ!』

ィエーーイ!なんて喧しく声を上げる男。その言葉に子供たちは息を飲む。殺し合い?日々を共にしてきたこの家族たちと?

「いや…いやだよ………どうしてそんな怖いこと言うの…?ミア、ひとごろしなんて、したくない…」

「…おかしいだろ、何でオレたちがンなことしなきゃなんねえんだよ!」

「そうです、こんなの非現実的すぎます…!」

『とか言ってさぁ、皆自分の心の内に隠してるモノあるでしょ?欲しくて欲しくて堪らないもの、願っても願いきれないモノ、あるだろ?』

それはまさに、悪魔の囁きだった。子供たちはその言葉を聞いて押し黙ってしまった。

…思い当たる節がないわけではないのだ。ここにいる誰もが、人に言えない想いを抱えて生きている。当然だ、何故ならみんな、元は1人で生きていたのだから。結局自分たちはみんな、血の繋がりのない家族なのだから。

『勿論願いを叶える以外にも権利を与える事もできるよ。そしたら君たちはゴミとしてではなく、1人の人間として、当然のように生きる事が出来る』

それはつまり、もう誰にも命を脅かされることはないということ。盗みも殺しも、しなくていいということ。

『目の前にいる家族を殺してでも手に入れたいものが、君たちには、あるはずだ』

男の低い声が子供たちの頭を掻き乱す。男は楽しそうに笑っていた。この状況を。彼らの反応を。ケタケタと。

『あそうだ。外に建ってる建物は見た?あれが皆のゲームの舞台…所謂コロシアムみたいなものかな。あそこでゲームをしてもらうんだ。…ま、今すぐに始めるわけじゃないから安心してよ』

あのドーム状の建物はコロシアムと呼ばれているらしい。目まぐるしいまでの情報量に、誰もが沈黙していたその時。

「…ふざけたこと言うな!僕達はそんな事しない、お前の手になんか乗らない!」

怒鳴り声を上げたのはラーナだった。彼は怒りを顕にしてアーテルへ噛み付いた。

「家族を殺したりなんかしない、こんなバカげたことはしない。みんなを連れてここから出て行く、お前の茶番になんか付き合ってやらない」

『…それは無理だよ〜、だって昨日、門が閉まるとこ見たでしょ君?アレが1度でも内側から開けられたことあった?』

言われてみれば、そうだ。いつも誰かが来るとその扉はまるで自動扉のように勝手に開かれていた。

『僕らが強く干渉してるからね〜、変な事考えない方がいいよ』

「…そんなの知ったことじゃない、抜け出し方はいくらだってある。」

『それ本気で言ってる?』

ラーナはミアをサビクに預けると、屋敷の外の扉へ足を進めた。それを誰も止めることはなかった。

『あー…じゃあ、1つ証明しておこうか』

男のその声を無視してラーナは歩き続けた。すると突如。どこからとも無くジジッという音がした。

 

刹那_____

 

ズドンッ。

 

「っは、」

 

何かが発射される音と同時、ラーナは力なく、ばたりと目の前に倒れた。それを見て子供たちは悲鳴を上げる。今まで固まっていたサビクが急いでラーナの元へ飛んでいく。

「ラーナ、ラーナ!!」

倒れたまま動かない彼の身体を大きく揺さぶる。サビクの声は、恐怖と動揺に滲みきっていた。どんなに呼んでも、彼は、目を、覚まさない。

『あーー大丈夫大丈夫 殺したりなんてしてないよ。ちょっと麻酔銃で眠らせただけ』

焦るサビクにアーテルはそう言った。急いでラーナの首元に手を当てると、確かに脈はあった。

…どうやら彼はただ眠っているだけのようだ。

『僕に逆らうとこうなるよ〜ってだけ。だから皆、お利口さんにしようね〜』

まるで幼子に言い聞かせるような声。しかしそれは完全に、この場を蹂躙する悪魔の声。

「…………ニコ、ラーナを医務室に」

サビクがそう言うと、ニコラスは慌ててラーナの元へ駆け寄る。エスピダやパロディ等も手を貸してラーナを医務室へと連れていく。ミアもその後を追っていった。

『君はお利口だから 僕が言った意味全部分かるよね、サビクくん。』

サビクは何も言わなかった。不安そうに見つめるチェカの頭をただ優しく撫でるだけ。

『ま、みんなの秘密を暴くつもりは無いからね、そんなプライバシーの侵害的なこと趣味じゃないし〜』

『それに、自分たちが1番分かってることだろうしね』

男はそう言った後、"それじゃあゲームは明日にでも始めるからみんな今日はゆっくりしてね!"と伝えどこかへ消えた。あの忌々しい声はもう聞こえない。

「………さ、サビク、これから、セシルたち、どうするの…」

セシリアがサビクの服の裾をきゅっと掴んでそう言った。今の今まで、サビクの顔に表情はなかった。しかしセシリアの方を振り向いた時には、いつもの優しい兄の表情に戻っていた。

「大丈夫だよセシリア きっと何とかなるから。今はシスターの所に戻ろ」

「う、うん………………」

セシリアの手をサビクはそっと優しく包み込んだ。その温もりにほんの少しの安心感を覚えた。残った何人かは、足取り重くシスターの元へと戻っていく。

欲しくて、たまらないもの。願っても、願いきれないもの。手に入れたくても決して手に入れることのできないと思っていたモノが、今、手に届くのだとしたら?ここにいる何人かを手に掛けることで、全てが手に入るのだとしたら。

子供たちはきっと、そんな事を考えていることだろう。そしてそれぞれが、どうするかを、決めていることだろう。…それは、彼らのみぞが知る。

…願いを叶えるのはお星様でも、空へ飛ばした風船でも、星のお姫様たちでも無かった。彼らが心に宿す欲望は、願いは、結局は自分たちの手を汚して手に入れるしかないのだと。

平和と、幸せの中で生きてきた子供たちは今、初めて自分たちは地獄の底にいたのだと気づく。そして今、悪魔から垂らされた蜘蛛の糸に縋るか。或いはその逆か。

…どれを取ったとしても、彼らの選択に間違いはないだろう。それが例え、どんな方法であったとしても。