番外編ストーリー


「星に願いを、夜空へ想いを」

 

 

折りたたむ

 

7月7日。それは、離れ離れにされた恋人同士が再会を果たすと噂されている1年に1度やってくる不思議な日。天にかかる星の川を渡り愛し合う2人は巡り会うのだという。

そんな夢物語とも呼べる話は、今を生きる事に必死なゴミの世界の子供たちにとっては他愛もない空想話だった。…けれど今は違った。

「ねね皆、タナバタって知ってる?」

各々が就寝の準備を整えている中、ふと。意気揚々とサビクがそう話を持ち出した。

「なぁに?それ」

ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたミアは、こてんと小さく首を傾げてまん丸な瞳を更に丸くしてサビクを見つめる。

「えっとねぇ、タナバタっていうのは〜…」

「1年に1回、神様によって離れ離れにされたオリヒメサマとヒコボシサマが再会を許される日でしょう?」

「あー!ちょっとルナ!オレのセリフ全部奪わないでよぉ」

サビクの言葉に割って入ったのはルーナだった。

「おりひめさま…?ひこぼしさま…?それってなぁに?」

「オリヒメサマは私達でいう…そうね、お姫様のことで、ヒコボシサマが王子様のこと。2人はしっかりお仕事をしなかったせいで天の川っていうお星様の橋を境に離れ離れにされてしまったの」

「はなればなれ……おりひめさまとひこぼしさま、可哀想…」

「そうね。サボらずしっかりお仕事をする事は大切って事よ、ねっサビク?」

「ちょっと何でそれオレを見て言うのサ…」

サビクの方を見てニコニコと笑顔を向けるルーナに、サビクはバツが悪そうな顔をする。

「で〜、それがどーしたの?」

「よくぞ聞いてくれたエルダ!その日はなんと、紙に願い事を書いて吊るすと願いが叶うかもしれないって話なんだ」

その言葉を聞いて、差程興味なさげに話を聞き流していた数名が目に見えて分かる程の関心を示した。

「願いが叶う?それって何でも!?」

「お菓子いっぱい食べたい、とかでも!?」

その話に食いついてきたのは目をキラキラと輝かせたミヤと、チェカだった。

「あー…うん!良い子にしてたら叶うよ!」

なんて笑ってサビクは下手に誤魔化した。

「でも何で突然?それって1年に1度しかこぉへんやつやろ?」

「その日が明日、7月7日なんだよ」

ベッドでゴロゴロと寝返りを打っていたパロディは あ、と声を上げる。完全に日付を忘れていたようだった。

「明日ってことは…明日その、紙に願い事を書けばオリヒメサマ達が叶えてくれるってこと?」

「大正解だよアシュぅ、だから明日!オレたち皆でお星様に願い事を届けようと思って!」

そう言ってサビクは目の前に14人分の(下手くそに切られた)縦長の紙を見せた。

「とっても面白そう!それにすごくロマンチックで、なんて言うか、楽しくなるね!」

「ホントに紙に書くだけで願いなんて叶うのか〜?サビクの言う事は信用なんね〜」

キャッキャとはしゃぐイソラと半信半疑のロゼ、各々が様々な反応を見せる中、冷静な様子でひかりが声を上げる。

「でも、それは何処かに吊るさないといけないんですよね?吊るす場所はどうするんですか?」

「あーーー………ホントだ、考えてなかったなソレ…」

ひかりの鋭い質問に、相変わらず突発行動で物を言ったのであろうサビクはウーンと唸る。

「この辺には紙を吊るせるようなモノありませんからねぇ」

うーむと考える素振りを見せるニコラス。常に聡明な彼ですら、コレばかりは…といった様子だった。先程の熱意は何処へやら、瞬く間に行き詰まった様子を見せる全員。そこで1人、あっと閃いた者が。

「じゃあさ!風船に吊るして飛ばすのはどう?」

そう提案したのはエスピダだった。そしてその提案に大きく反応したのはサビクであった。

「いいね!ただ吊るすだけじゃなくお星様に届くよう空に飛ばすのか!流石エルダ!」

褒められてエヘンと小さな胸を張るエスピダ。それに続いて他の子供たちも賛成の声を上げる

「風船素敵!きっとオリヒメサマ達にも届くよ!」

「楽しそうー!ミヤもやるやる〜!」

「面白そうだね、じゃあ明日は皆で七夕祭りだ」

キャッキャと騒ぐイソラとミアを微笑ましそうに見つめるラーナに、サビクがどんと腕を回す

「可愛い妹弟達のためにも準備手伝ってくれよな、ラーナ」

「とか言って全部僕に任せる気じゃないよねサビクくん?」

「そんな薄情なことしないってぇ笑」

「どうだかなぁ」

「さ!そうと決まれば明日に備えてみんな眠りましょう」

ぱん、と両手を叩いてルーナがそう言うと、子供たちはハーイと元気な声を上げそれぞれが寝床へと入っていく。

「………………お願いごと」

皆が寝静まった頃、ぽつりと呟いた少女のその声が暗い部屋に木霊した。

次の日。眩しいほどの太陽に雲ひとつ無い晴天。七夕を祝うにはもってこいの天気の下、子供たちはサビクが用意した紙切れを手にそれぞれが願い事を考えていた。

「ね、ミヤは何おねがいするの〜?」

「ミヤ?ミヤはね、お菓子いっぱい食べたい!とかかなぁ?」

「ふふっ何それ」

「そういうイソラはどうするの?」

「私?私〜…は…、…お嫁さんになりたい、かなぁ」

「何それ可愛い〜!!」

太陽を遮る涼しい木の下でキャッキャとはしゃぐ2人の少女はそれぞれの願い事について賑わっていた。

「ねえ、セシルちゃんは何書くの?」

「セシル?…セシルは……」

イソラの問いにセシリアはうーんと考える。どうやらセシリアにはまだ、願い事が見つかっていないようだった。

「大金持ちになる、とかでもいいんだよ!」

「それはちょっと大事すぎないかなあ…?」

「そんなことないよ!だってお星様なら何でも叶えてくれるんだもん!」

「何でも…」

そうは言ってもいまいちピンとこないようで、セシリアはうんうんとまた唸る。

「オレはもう決めたぜ!」

「わっ?!」

木の上からがさりと逆さまで現れたのはロゼだった。

「びっくりしたあ、ロゼちゃん驚かさないでよ」

「願い事なんて何でもいーんだよ、自分のやりたいこと欲しいもの何でも願っちまえ。どうせ叶えるのはお星サマだしな」

「やりたい、こと…」

「で、ロゼちゃんの願い事ってなんなのー?」

「聞いて驚くなよ、オレの願い事は外の世界に行くことだ!」

「外の世界〜?!ロゼちゃん出てっちゃうの?」

「ふふん、お前らも特別に連れてってやるぞ」

セシリアはそんな話をしながら笑う3人の声を遠巻きに聞いていた。

お金持ちになりたい、お菓子が食べたい、花嫁になりたい、外に出たい、あれがしたい、これがしたい、あれが欲しい、これが欲しい。

セシリアにとって、"自分の為の願い"はよく分からなかった。

美味しいご飯も食べられる、暖かな寝床もある、優しい兄弟に楽しい毎日。セシリアの願いは全て叶っているようなものだった。欲しいものは皆、ここにある。だからこそ、星に何を願うべきなのか 彼女にはわからなかった。

「?どうしたのセシルちゃん」

「……ちょっとトイレ」

「迷子になんないでね〜!」

3人に見送られ、セシリアは1人家の中へと戻って行った。

 

✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎

 

…ちょうどその頃。家の中でもまた、願い事を持たぬ1人の子供がウンウンと唸りを上げていたようだった。

「願いって言うてもなあ〜〜オレ別に今ちょ〜幸せやしぃ〜」

「おやおや、お行儀が悪いですよパロ」

机に両足を乗っけてぐいーっと背伸びをしたパロディは、ペンをぽいと放り投げると穏やかな微笑みを浮かべるニコラスへ問いかける

「なあ、ニコは何お願いするん?」

どこか期待に濡れたブラウンの瞳がニコラスを見つめる。その瞳にニコラスは困ったように苦笑いを零す。

「僕の願い事なんて聞いてどうするんです?」

「ええやん!気になっただけやし〜」

なぁなぁ教えてや〜とぶーぶーと駄々をこねるパロディにヤレヤレと言った様子で答える。

「…実は僕も決まってないんです」

「え!何やそれ!」

ニコラスの答えに何やぁ〜と大袈裟に肩を落とすリアクションをするパロディ。その様子を見て何かを思いついたのであろうニコラスは、ぐでーんと机に伸びているパロディへ「ではこうしましょう」と提案を出す。

「僕とパロ、二人で一つの願い事を考えませんか?」

「2人で1つ?」

パロディはきょとん、とした顔でニコラスを見つめた暫し何事かを考えた後、「おもろそう!」とノリノリのようだった。

「でも2人で1つってどんな事願えばええん?」

そう不思議そうに小首を傾げた彼にの手に、ニコラスはそっと自分の手を重ねる。

「…に、にこ?」

「……僕の幸せは、パロ。貴方といつまでもずっとこうして過ごす事です。だから貴方も、僕の幸せを願ってくれませんか?」

いつも以上に優しく、穏やかな声でニコラスは言った。

「…なんて、少しカッコつけすぎましたか?」

パロディの沈黙に耐えきれず照れ隠しかクスクスと笑いを零すニコラス。しかしパッと顔を上げると、パロディは耳を真っ赤にして驚いたように目をまん丸にしていた。

「…パロ?」

「ぅぇっ!?あ、うん、何でもない!!それめっちゃええと思う!!」

ニコラスの心配を誤魔化すように手をぶんぶんと振ったパロディは、照れくさそうに笑いながらもどこか嬉しそうな顔をしていた。その表情を見てニコラスもまた、安心したような笑みを浮かべる。

「じゃあ、そうしましょう」

そして2人の少年は1枚の小さな紙切れに2人だけの大切な願いを書くのだった。

 

✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎

 

館に戻ったセシリアは、窓の外を見つめながら考え事をしているようだった。そんな彼女の元に少年が1人。

「セシリアさん、どうしたの?」

「あっ…エスピダ」

エスピダは彼女の手にぎゅっと握られた紙切れに視線を移す。

「願い事、かかないの?」

「えと…、うん。何書けばいいか、わかんなくて…」

困ったような笑みを浮かべるセシリアに、別段興味が無いのかエスピダはふーんと一言呟いた。ほんの少しの間のあと言葉を繋いだのはエスピダからだった。

「願い事とか、別に何でも良くない?天才になりたい〜とか、お姫様になりたい〜とか、願うだけタダだよ」

「うーん、でもセシル、今が幸せだし…」

「別に自分の願いじゃなくてもいいじゃん」

「えっ?」

エスピダの言葉に、セシリアはきょとんと目を丸くする。

「自分の為に願う事が無いなら誰かの為にお願いする、とか」

「誰かの、ため?」

「そ。まぁ僕はそんなつまんないことしないけど〜」

そう言って彼は退屈そうに欠伸を1つ零す。しかしセシリアはそれを気にすることはない。彼の言葉を、繰り返すように呟いている。

「みんなのための、お願い…」

「おーーい 大丈夫?セシリアさん」

「…うん、それいい、すっごくいい!」

急にぱっと目を輝かせたかと思うと、セシリアはエスピダの手をぎゅっと握った。それに呆気に取られたエスピダは驚いたような顔をする。

「セシル、そうする!みんなのために、お星様にお願いする!」

先程とは打って変わってキラキラと晴れやかな笑みを向けるセシリアに、エスピダもぷはっと笑いを零す

「あははっ!セシリアさんてほんと面白いねえ」

「?セシル、面白いこと、言ってない…」

「あは、じゃあ願い事決まりだね」

一頻り笑った後、エスピダは楽しそうにそう言った。それを見てセシリアも、胸の中がぎゅうと熱くなる感覚を覚えながら、うん!と元気よく頷いた。

 

✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎

 

夜。屋敷の外に出ると、快晴のおかげか真っ黒い空のキャンバスには満点の星々が散りばめられていた。いつも以上に輝くそれと、いつもと違う大きな星の川に、子供たちはそれぞれ感嘆の音を上げる。

「すごーーい!!ねえねえサビク!あれがアマノガワ!?」

「うはははっきっとそうだよ、すっげぇ〜!チョー綺麗〜!」

「ちょっとサビク、チェカ、2人ともはしゃぎすぎよ」

「あは、本当仲良しだね」

夜空の下で兄妹揃ってキャッキャッとはしゃぐ2人を微笑ましそうに見ながらラーナとルナが続く

「す、すごい……本当にお星様の橋がかかってる……」

「とっても綺麗ー!アシュくん一緒に見に行こー!」

「ぁ、わっ、待ってよミヤさん!」

金色の髪を揺らして少年と少女が丘へと掛けて行く。各々が満天の星空を見てとても楽しそうにしている様子だった。

「よし!そんじゃあ風船の準備しよう!ラーナ!14人分頑張るぞ!」

「はいはい、サボんないでねサビクくん」

「失敬な!」

そうして年上の兄2人は、神父様から貰ったのであろう"魔法のガス"(と言われて渡された)という名のヘリウムガスを風船一つ一つに入れていく。これを入れると風船が浮かぶと知った時、サビクは喧しくはしゃいでいた。

そうして数十分が経過した頃、全員分の風船を用意できたのであろう2人は、キャッキャとはしゃぎ回る子供たちに声をかけ集める。

「この風船にお願いごとを書いた紙を結んで空に飛ばすんだよ」

ラーナとサビクの手には、色とりどりの風船が14個分。

「ラーナお兄ちゃん、ミアあかいろがいいー!」

「ふふ、はいどうぞ」

そうして子供たちは1つずつ、カラフルな風船を受け取っていった。

「ねっイソラ」

「ひゃっ?!もおーサビくん驚かさないでよ〜!」

「あははっごめんて、イソラがどんな願い事書いたのか気になって」

悪戯が成功したとばかりに笑った後、サビクはひょこっとイソラの願い事を覗き見る

「お嫁さんかあ」

「ちょ、ちょっと!!サビくん勝手に見ないでよお!!」

「イソラがお嫁さんかあ~~~~~…いつかはお婿さんとここから出ていく日が来るのかあ…」

「さ、サビくん!!大袈裟だってば!」

オーバーリアクションとも取れる反応にイソラはわたわたと慌てる

「まぁでも可愛い妹の幸せを願うのは兄のつとめだし!叶うといいね、そのお願いごと」

そう言ってニパッと優しい微笑みを浮かべる青年のその笑顔に、イソラは呆気にとられたあと、ほんの少しぎこちないような笑みで小さく「うん」と呟いた。

「そうだ!サビくんのお願い事は?」

「オレの?」

「うん、私の見たんだからサビくんのも教えてくれなきゃ不公平だよ!」

「オレのお願い事はね〜〜……」

チラリと自分の紙切れを見たサビクは、イソラにそれをみせようとする。が、直前でまたパッと自分の方へと引き戻す。

「ナイショ!」

「…えっ!?」

元気いっぱいにそんな事を言ったかと思えばケラケラと笑って走り逃げていくサビク。

「ちょ、ちょっとー!!サビくんずるーーい!!」

追いかけてくるイソラにサビクはキャッキャと楽しそうな声を上げる。

…楽しい笑い声、賑やかな話し声、暖かい家族の温もり、優しさ、愛おしさ。「幸せ」と呼に相応しいその全てが、夜風の心地よいせせらぎと共にセシリアの身をくすぐる。

みんな笑ってる、みんな楽しんでいる、みんな、幸せそうな顔をしている。

それを見てここの底から湧き上がる感情にくすりと笑いを零す。きっと、人はコレを愛と呼ぶのだろう。

「何笑ってるの?セシリアさん」

夜空の色と星の色をした瞳の少年は、どこか幸せそうな表情をしたセシリアへ声をかける。

「セシル、幸せだなって、思ったの」

「なにそれ〜?」

そんなやり取りをしていると、どうやら風船を飛ばす準備が整ったようだ。ラーナの大きな掛け声を合図に、一斉に 子供たちが風船を手放した。セシリアもまた、ほんの少しの名残惜しさと共に願いを空へと飛ばす

黒と星のキャンバスに、色とりどりの願いが飛んでいく。そんな光景を見つめながら、エスピダは、そう言えばとセシリアの方を見る

「セシリアさん結局願い事何にしたの?」

「セシルの…」

ぐるりと辺りを見渡す。空を見上げ笑う家族たち。楽しそうな声ではしゃぐ家族たち。そこにいる誰もが皆、幸せに滲んだ表情をしていた。

明日も明後日も、その次の日も。何度夜を越えて朝を迎えても、きっと変わることが無い皆との当たり前の幸せ。

「セシルのお願い事はね、」

くるりと振り返ると

「皆と、いつまでもずっと、幸せに暮らすこと!」

天高く飛んで、いつしか見えなくなった風船たち。小さな子供たちの大きな願いは、きっと星のそのまた向こうへと届くことだろう。