ストーリー


第十話「幸せ者」

 

 

 

 

折りたたむ

 

     朝。あたたかいお日様の光に照らされて目を覚ます。


周りを見れば何人かの家族は起きていて、下からはキャッキャと楽しそうな笑い声が響いている。


欠伸をひとつ漏らしたら、眠たい目をごしごしってしながら階段を降りる。ふんわり漂うトーストが焼ける匂いと、バタバタと走る家族の足音。


パッと顔を覗かせれば、楽しそうに笑うみんなの姿が目に映る。


狭い部屋の中をあちこち走り回るパロくんとエーくん。食器を両手に持ったまま「走るな!」と怒るセシルちゃん。それを穏やかな表情で見守るニコラスお兄ちゃん。


ミアちゃんはルーナお姉ちゃんに絵本を読んでもらってるみたい。ああやって見ると2人は本当の姉妹みたいでとっても素敵。


横を見ると、今日もお手伝いをサボってるロゼちゃんがラーナくんに怒られてた。ロゼちゃんはとっても嫌そうな顔をしてたけど、ラーナくんはそんなロゼちゃんをずるずる引きずってシスターの所に行っちゃった。


遠くの方ではアシュくんとひかりくんが朝ごはんの準備をしてる。段差に躓いて転びそうになったアシュくんをひかりくんが間一髪で止めていた。


ミヤちゃんとチェカちゃんは、きっと神父様に貰ったんだろうキャンディを手に楽しそうにはしゃいでいた。もうすぐ朝ごはんなのに今食べちゃっても大丈夫なのかなぁ?


家族の暖かな温もりが、明るい声が、優しく私を包み込んでくれる。いつもと同じ景色なはずなのに、今日はなんだかとっても嬉しくて、幸せに思えて。心がぽかぽかした。


「みんな!朝ごはんの準備出来たよ!」

キッチンの方から聞こえた男の人の声と共に、今まで好きなように遊んでいたみんなが大きな声で返事をして一目散に自分のご飯を取りに行く。


「あれ」

私もキッチンの方に向かおうとして、ふと。目の前に人が現れた。その人は私を見たと同時に驚いたような声をあげた。


私はゆっくりと、顔を上げた。


目の前で私を見つめるのは  ブラウン色の瞳に真っ白な純白の髪をピンで留め、お日様みたいにあたたかい優しい顔で笑う彼。


いつも家族を一番に想い、どんな時でも家族に寄り添い、大きな大きな愛情を一心に注いでくれるみんなのお兄ちゃん。


彼は、ゆっくりと私に近づいて来た。私はその姿をじっと見つめるだけ。


「ねぇイソラ」

弾けるような明るい声で  彼は、………サビくんは私の名を呼んだ。それがなぜだか嬉しくて、私もそれに答えるように微笑むの。


「なあに?サビくん」

そうして小さく首を傾げれば、サビくんはその優しい瞳でじっと私を見つめた。


私の顔に何かついてるのかな?それとも私、変な顔してたかな?


私がそんな事を気にしてぎこちなく彼の反応を待っていると、サビくんが、口を開いて、言った


「君、なんでここにいるの?」


……………………………………………………………………………………………………………………………………………


なんでって、だってここは私のおうちで、


………あれ?


私どうして


血が


「君の居場所はここじゃないだろ」

「さびく   ん?」


彼がそう言ったと同時。

遠くで微かに聞こえる私の名前を呼ぶ声がどんどんと大きくなっていく。そしてそのまま心地よい微睡みから引きずられるように  私の意識は  私の世界が  ボロボロと崩れ去っていく。


まって、まって、だめ。さびくん、私、まだあなたに  言いたいことが、


____なんて言葉は届くことなく  私の意識はプツリと途切れた。


***


「っイソラ、イソラ!」

「__っ?」

そうしてイソラが目を覚ました時、イソラの手を両手で握り悲痛な声で彼女の名を呼ぶミヤが視界に映った。


衰弱しきった表情でぱたぱたと涙を流す彼女と目が合った時、ミヤの淀んだ瞳が僅かに光を取り込んだ。

「っ、ぁ、起きた、っラーナお兄ちゃんっイソラ起きたよ!!」

ミヤがそう叫ぶと、向こうの方からラーナがやって来た。


………私、どうなったの?ここはどこ?どうしてミヤちゃんは泣いてるの?一体何があったの?


イソラが起き上がろうとした時、ズキッと鋭い痛みが胸に走る。それを見たラーナが慌ててイソラを制止する。

「まだ動いちゃだめだよイソラちゃん、傷が開いちゃうだろ」


傷?なんの傷?どうして私は怪我をしているの?


………サビクくんの事は残念だけど、でも君は何も悪くないから」


サビくん?サビくんがどうしたの?みんな何の話をしてるの?私、サビくんに一体何を、


「あ。」

思い出そうとしたその時、霧がかかってぼやけたみたいな1つの映像が頭の中はと流れ込む。


それを見ようとすればするほど、見てはいけない、気づいてはいけないと全身が警鐘を鳴らすかのように震え出す。だけどイソラは、ソレから目をそらす事はできなくて。


"「今更、もう遅いんだよ」"


"「元に戻れるものか、やり直せるものか!」"


霞がかって浮かぶそれは、脳に響くその声は、あの時私に救われたと笑った少年のもので



"「ッだから死ねよ、死んでくれ」"


"「お願いだからオレに勝たせてくれよッ小鳥!!!!!!!」"


苦しそうな、悲しそうな、辛そうな表情と声で叫ぶその人は、私を救ってくれた青年のもので



そして  痛みに遠のく意識の中  叫ぶ彼の姿を見つめながら  ごめんね、ごめんねって懺悔したら


"白い何か"が見えたあと


大きな  音が響いて


それで  サビくんは


赤く_____


「ッッぁ、"ぁあ"ぁあぁ、ッッぁぁあああああぁぁああぁあっっっぁああああああ"ぁあ"ぁあ"あああああああぁぁぁぁッッッ……!!!!!!!!!!!!!!!!」

「っ、い、イソラ、」

「イソラちゃん!!」


痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

抉られた胸の傷なんかよりもずっと奥深く。心の奥底が、頭の中が、全身が、弾け飛んでしまいそうな程にズキズキと悲鳴を上げる。拒絶する本能とは裏腹に、容赦なく突きつけられる"現実"


頭を貫かれた真っ白な彼の姿がフラッシュバックしたと同時に、イソラは泣き縋る様な、叫ぶような、地の底を震わせるような悲鳴をあげる。


「いや、""ぃやだ、ッ嫌"だよ、ぁ、ッなんで、な"んでわたし、いきて、っぁ、ぁぁあ"ぁあ、ッッどうして、サビく、さびくん、ゆはぎくん、ゆはぎくんゆはぎくんゆはぎくんッ"ぁ」


込み上げてくる感情がぐちゃぐちゃと吐き気となって襲い掛かる。全身を渦巻くその感情は嗚咽に混じり全くもって言葉にならない。


「ッおいどうしたんだイソラ!!」

「っ落ち着くんだイソラちゃん、イソラちゃん!!」

イソラの悲鳴を聞き驚いた様子で飛んで来たロゼの声も、心配するラーナの声も届かぬ程。イソラは深く深く堕ちていく。


どうして私は生きてるの?どうして私は死んでいないの?どうして私が生き残って、どうしてあの人がいなくなって、


全部全部私のせいだ、私があの時あんなこと言わなければ  私があの時あんなことをしなけらば  私があの子と、彼と、出会わなければ!!


「ッごめん、なさい"、ごめんなさい、ごめんなさい"ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

イソラは頭を抱えて泣きじゃくった。何もかも手遅れなのに、謝ったって意味が無いのに。そうする事しか出来なかった。


「これはっ何事ですか」

「ニコラスお兄ちゃん!イソラが目を覚ましたんだけど、急に暴れちゃって!」


「_____ぁ」

その時。イソラの視界に""が映る。


それはあの時  意識が落ちる寸前に見えたものと同じ、真っ白な何か。


それを見た瞬間、ぞわりと、体の底から冷え上がる。


「わかりました、あとは僕が何とかしますので皆さんはとりあえず部屋から出

……いで」

ソラ?」


ニコラスが彼女に元へ向かおうとしたその時、イソラが震えた小さな声で何かを言った。何を言ったのか聞き取ることの出来なかったニコラスが、1  彼女に近づこうすると


「お願いだから来ないで!!!!!」

甲高い悲鳴をあげて、イソラが確かにハッキリとニコラスを拒絶した。突然のその声も拒絶に、ニコラスは驚いたように大きく目を見開く。


「ソラ、どうして」

「あの時、っサビくんを撃ったのはお兄ちゃんでしょ?!!サビくんは何もしてないのに、何も悪くなかったのにっ!!」

「待ってくださいソラ、貴方何を言って」

「こないでってばぁ!!!!」


ニコラスが彼女の側へ近づこうとする度、恐怖に滲んだ拒絶がニコラスを襲う。完全に心を閉ざしてしまったその先に、どうやっても足を踏み入れることが出来ない。


「おい何言ってニコラスがなんだって?あのあと一体何があったって言うんだよ

動揺を隠しきれない様子でロゼが言う。おそらくここにいた子供値は全員、あのあとの映像を見ていないのだろう。


暫く固まっていたニコラスはロゼの声で正気を取り戻し、冷静な口調で言う。

おそらくソラは混乱しているだけでしょう、少し休めば元に戻るはずです」

その場にいた子供たちは不安そうにイソラを見つめていた。


このまま彼女を放っておくことも出来ないと判断したのだろう、ニコラスはイソラの様子を伺いながらも彼女へ歩み寄る。


彼女を刺激しないよう、ゆっくりとニコラスがイソラの腕を掴もうと手を伸ばした時


「ッッ、いやっ!!!!!」

「っ痛ッ、」


泣き叫ぶ声と共に、イソラが力いっぱいニコラスの腕を弾き飛ばした。


「ッぁ、ちが、ぅ  ごめんなさ_____」

バシンッという音とニコラスの小さな悲鳴を聞いてハッと正気に戻ったイソラは急いでニコラスに謝ろうとする、が。


………………あれ?今、お兄ちゃん   なんて言ったの?


に、ニコラスお兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ大丈夫ですよ、これくらい冷やせば何とでもなりますから。それよりイソラの治療が先です」

ニコラスを心配そうに見つめるミヤと、赤くなった腕を擦り苦笑いを浮かべるニコラス。


何の変哲もないやり取り。いつもの穏やかで優しいお兄ちゃん。だけど、だけど何だか、違って見えるのは、さっきの言葉のせいか、それとも。


……  ねえ  お兄ちゃん」

「?どうしたんですイソラ?」

先程の様子とは打って変わって妙に落ち着きを取り戻したイソラを見て不思議そうにニコラスが首を傾げる。イソラは恐る恐る訊ねる


……………今の   痛かった?」


イソラがそう問うと、ニコラスはこてんと首を傾げたあと、いつもの人当たりの良い  優しい笑みで言った。


「えぇ、少しでも心配はいりませんよ、ソラもわざとではないんでしょう?」


その答えを聞いて、サァッと血の気が引いた。


……イソラとニコラスはとても仲の良い兄妹であった。お互いがお互いの欠けた何かを埋め合わせるような、暖め合うようなそんな関係だった。だから、ニコラスの事はある程度は知っている筈なのだ


ニコラスが、痛みも温もりも感じることが出来ないと悩んでいたことも。


……お、おにいちゃん」

「うん?」

「お兄ちゃん、は……熱いの、とか、痛いの、とか、分からないんじゃ  なかったの?」

…………………え?」

完全に怯えきった眼差しを向けられそんな事を言われたニコラスが、拍子抜けたような声を上げる。


「お兄ちゃんが熱いのも寒いのも痛いのもわからないっていうこと、わたし、知ってるよ?昔お兄ちゃんが火傷しちゃったとき、私に話してくれたでしょ?」

イソラのその話に子供たちは驚いたように目を丸くする。対するニコラスは何も言わないまま。


そんな彼の姿を見て更に不安を煽られる。何も答えない彼が、見開かれた瞳が、怖くて、不安で、どうしてか分からなくて、信じたくて、信じれなくて。


「お  お兄ちゃん」

イソラはカタカタと震える手で縋るようにニコラスの服の裾をちょん、と引っ張った。


……それは、いつしかの時にも交した2人だけの秘密のサイン。兄妹という関係の中で生まれた2人だけの愛情表現。


服の裾をつまめば抱きしめてくれた。小指を握れば手を握り返してくれた。ニコラスはいつも、不器用なイソラを暖かく包み込んでくれていた。それはどんな時でも変わらなかった。だけど


今、目の前にいるニコラスは


イソラのその行為を、訳が分からないといった顔で不思議そうに首を傾げて見つめていた。


「______、」

イソラは、息を呑む。


ニコラスがこのサインを忘れるはずがない。なぜならこのサインは、"自分と彼だけしか知らない2人だけの特別なサイン"だから。


なら、今目の前にいる彼は、


……  あなた、は」


一体


「__誰?」



……沈黙。


永遠のような一瞬のような、時が止まったかのような静寂に包まれる。


しかしその静寂はやがて一人の男の声によって破られる。


…………はは」


ニコラスが、笑う


「ッあは、あははっアハハハハッ!」


腹を抱え、ケタケタと聞いたこともないような笑い声をあげたあと


目尻を釣り上げにんまりと笑い、ニコラス、いや。""は言った


………バレちゃった〜?」


兄の優しい顔で笑うソレは、兄の穏やかな声で繋がれた言葉は、確かに兄とニコラスと同じもののはずなのに、明らかに違う全く別のモノだった。


その声を聞いてイソラはヒュッ、吐息を飲む。そしてそれと同時にラーナはミヤ、ロゼの腕を引っ張り""から距離をとる。


「おかしいなあこれでも上手くやれてたと思ってたんだケド」

お前、誰だ」

「やだなぁそんな目で見るなよラーナくん  僕だよ僕」


鋭く睨みつけるラーナを見て目の前の""はケタケタと楽しそうに笑いをあげる。そして、真っ直ぐにラーナの瞳を見つめて、""は確かにハッキリと言った。



『アーテルだよ』


「_____ぇ?



ぞわりと、イソラの全身から不快な何かがせりあがってくる。それが恐怖なのか嫌悪なのかは、ニヤニヤとこちらを見つめる目の前の男を前では分からなかった。


『諸々の失言は仕方ないにしても、まさかイソラちゃんとニコラスくんがそんな内緒ゴト隠してるなんて知らなかったよ。いやぁ〜これは誤算だったね君たちのコトはずっと見てたつもりだったんだケドなぁ〜』

大袈裟な程に肩を竦めた彼アーテルは、悔しそうな表情でベラベラと喋る


「ど   いうこ と?だって  お兄  ちゃん、」

『ああ、この体は確かにニコラスくんのものだよ。僕はそれを借りてるだけだから心配しないで〜』

震えるイソラをよそにアーテルはひらひらと手を振り適当にそう答えた。


わけが、分からなかった。体を借りてる?なんの話しをしているのかわからない。それなら本当のニコラスはどこに行ったと言うのだろうか?目の前にいるコイツは本当にアーテルなのだろうか?


ッざ、けるなよ!どういう事だ、何言ってんだよお前!!」

『急に怒ってどうしたのロゼちゃん?どうもこうも、事実を包み隠さずそのまま言ってるだけじゃないか!ずっとモニター越しから見てるのもヒマだし、もっと君たちの事知りたいと思って僕もここにきちゃった〜』


ロゼの言葉に呑気な口調で答えるアーテル。彼が話していること、今起きていることは何一つ理解の出来ないモノだった。一体何が、どうなって、


……ニコラスくんは何処だ  アーテル」

混乱する子供たちの中、ラーナが冷たい声でそう問うた。それと同時に、アーテルがにまりと口角を上げる。

『しりたい?』

「いいから答えろ」

『おー怖い怖い!わかったよ』


アーテルは、ニコラスの姿で気味の悪い笑顔を浮かべた。そして彼は、何の躊躇も無くさらりと答えた。


『ニコラスくんならもうとっくの昔に死んでるよ』


は?」

シン、と。辺りが凍りついたかのように空気が張り詰める。彼が言った言葉の意味をここにいる誰も理解することが出来なくて困惑する。イソラは信じられないという顔で口を開く。


「なに言って」

『本当だよ?僕はくだらない冗談なんて言わないタチだからね!』

「だってお兄ちゃんはずっと  私たちのそば  に」

『そうだね、僕はずっと君たちのそばにいたよ』

……へっ??」


ぐるぐると回る思考回路はマトモに動かない。身体が全てを拒絶しているような感覚。そんなイソラを、子供たちを、アーテルはクスクスと嘲るように笑う。


『おかしいなぁ。君たちは家族なのに、"大事な家族が居なくなったこと"にすら気づいてなかったの??酷いなあ〜、結局家族の絆?ってそんなモンだったの〜?』

小馬鹿にしたようなその言葉がイソラの心をグサグサと突き刺す。しかしそれをロゼが大きな声で反発した。


「てめえ!だまってきいてりゃベラベラとっニコラスに何したんだよ!」

『僕は何もしてないよ  魂の抜けた身体に入り込んだだけで死んだのはニコラスくん自身の意思だ』

「んなこと信じれるわけねーだろ!!」

そう叫ぶロゼの方を、機械のような冷たい濁った瞳が見つめたあと、言った。


『ニコラスくんを見殺しにしたのはロゼちゃんの方じゃないか』

っは??」


アーテルのその言葉にロゼが目を見開き固まる。しかしアーテルは一切の容赦なく言葉を続ける。


『ニコラスくんが死んだ時君はその場にいたはずなのに。気づけなかった君がものを言える立場だとでも?』

「な、何言ってんのかわかんねえって、」

『本当にわからないの?嘆かわしいほど愚かだねぇ。ほらあの時だよ  君が目覚めた時』

「あのと、き?」


そう言われてロゼは自身の記憶を辿る。だけど、別に、おかしいことなんて何も、


『なら無知で哀れでおバカさんな君たちに教えてやるよ、ニコラスくんのこと全部』

アーテルはそう言ってまたニコリと人の良い笑みを浮かべた。その笑みはどこかニコラスの微笑みと似ているような気がした。


****


あの時。パロディくんとの第3ゲームが終わったあと、心身共に憔悴しきって帰ってきたニコラスくんは既に壊れてた。そりゃそうだ、自分のせいで愛しいヒトを殺しちゃったんだから無理もないだろうね。


壊れたニコラスくんは、無意識に自分の心を守るためにあるはずの無い幻想を抱いた。ゲームの記憶を封じ、パロディくんが生きてると、そう思い込むことで精神を保とうとした。


だけど何を思ったか……チェカちゃんが残酷な現実をニコラスくんに突きつけて、彼はそのまま暴走、サビクくんに突き飛ばされて気を失った。……ここまでは皆が見た通りの話だよね?


その後さ。医務室に運ばれて、眠りから覚めたあとのこと。ニコラスくんは酷く絶望していたよ。


あるはずのない理想郷への想いを馳せたが故自分の愚かな選択によって愛しい人を死に追いやってしまったこと。確かに見つけた「愛」と「幸せ」という、"生きる証"を失ったこと。


「カラン  ぁあカラン、僕のせいで  ごめんなさい ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい 

そんなこと言っても仕方ないのに。彼は一人の部屋でずっとそう懺悔していた。その姿は本当に滑稽だったよ。


きっと限界だったんだろうね。彼は覚束無い足取りで薬箱を漁って、薬を手に取った。


そしてそのままそれを、全て飲み干したんだ。


薬の過剰摂取が何を巻き起こすかなんてことは、流石の君たちにもわかる事だよね?実に彼らしい死に方だと思ったさ。


でも…………薬の力のおかげなのか、それとは別の何かなのか分かんないけど。


薬の作用によって意識を失う手前、彼は何も無い暖かな日差しの方を見て、驚いたように目を見開いたあと…………嬉しそうに、どこか幸せそうに笑って言ったんだ。


……………ああ、本当に あなたってひとは」


そうして太陽へ手を伸ばしてそのまま彼は息絶えた。


今思えばあの時の彼の目には確かに愛しい"あの子"の姿が映ってたのかもしれないね。何にせよ、暖かな日差しの中、愛しい人に迎えられ命を絶った彼は、とっても幸せそうだったよ。


そしてあの時あの場所で。ニコラスくんは死んだ。誰に知られることも無く、誰に看取られることもなく。


だけどきっと彼は1人で旅立ったわけではないんだろうね、家族を捨てて愛する人を選んだだけだろうから。


僕にはその感覚は分かんないけど。



『そこで!魂の無くなった抜け殻を僕が拝借したってワケ。彼の身体に入るのはちょーっと色々めんどくさかったけどロゼちゃんに見つかる前に上手くいってよかったよ〜』

アーテルは淡々とそう話した。ロゼは言葉を失った様子で固まっていた。


『だから僕はずっと君たちのそばに居た、あの時からずっと君たちの事を見ていたよ。あの後の裏切り者の話だって、セシリアちゃん達のゲームを見て狂ったように叫ぶイソラちゃんを眠らせたことだって、おかしなことを口走ったサビクくんを黙らせたことだって』


『全部全部、ぜーんぶ僕がやったことさ!あははっ驚いた?』

両手を広げて無邪気に笑うアーテル。そしてそれを聞いたイソラは、絶望したような表情でアーテルに問う。


……それ  じゃ  サビくんを、殺したの  は」

『僕だよ。自分で手を下すなんてつまらない事したくなかったけどどっかの誰かさんから聞いたんだろう適当なことをベラベラ喋るから仕方なくね!』


ドクンと、心臓が悲鳴をあげる。私を青い鳥だと言ってくれた人。私のおかげで幸せになれたと言ってくれた人。それと同時に、私に同じくらいの安心と幸せを与えてくれたあの人の命を奪った人間が、目の前に、いる


それなのに、震える体は何も出来なくて、ただ明らかとなった事実にとめどなく涙が溢れるだけで。


「う、"ぅうう、ぁあ"

"なんでそんな事するの"

"なんで私じゃなかったの"

その思いは言葉にならず、ただ潰れてしまいそうな苦しみと辛さに襲われるだけだった。


『イソラ  いつしか君は僕に言ったよね  僕のことを心のない怪物だと』

アーテルがそう言ってイソラの前へと立つ。そうして彼は、イソラの顎を掴み強引に顔をあげさせる。そうして泣き濡れた瞳と目が合ったあと、彼は心の底から嘲笑して言った。


『そんなヤツが演じる"お兄ちゃん"を偽物だと見破れなかったなんて  君は本ッッッ当に馬鹿な子供だね、イソラ!!!』


ゲラゲラと笑う耳障りな男の声が頭へ響きわたる。聞きたくないのに耳を防げなくて、目を逸らしたいのに逸らせなくて、ただ容赦なく、残酷な現実が、イソラの心をドロドロに傷つけ、抉る。


この手を弾いてしまいたいのに、突き放したいのに。目の前にいる姿が、紛れもない  大切な兄の姿をしていて、身体が言うことを聞かなかった。

「ぅ、ぅううぁぁぁぁあ"!!」

イソラは悲痛な叫びを上げるだけだった。


……__よ」

『なぁに  なんか言った?ミヤちゃん』

その時。イソラの泣き叫ぶ声に混じり、ミヤが何かを呟いた。それに気づいたアーテルがイソラから手を離しミヤの方へと向き直す。


「__い……よ」

『何だって?もっと大きな声で言ってくれなきゃわかんないよ〜?』

そう言ってアーテルは1歩、俯いたミヤの元へと近づく。


すると、パッと顔を上げたミヤの深紅の瞳がアーテルを捉えた瞬間、彼女は大きな声で叫びアーテルへと飛びかかった。

「ッッッふざけないでよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

『ッわ?!


突然のことに対応しきれなかったのか、アーテルは避けきれずそのまま後ろへと転倒した。途中、アーテルの腕が近くの机にぶつかり、そこに置かれてあった花瓶が甲高い音を立てて割れ破片が床へ散らばった。


「ッおまえが!!!!おまえのせいでアシュくんは!!!みんなはしんだんだ!!!全部全部おまえのせいだ!!!」

『何ッちょっと落ち着きなよミヤちゃ』

「おまえのせいでミヤおかしくなった!!今まで何も感じなかったのに  あれからずっと胸が苦しくて痛いの、どこも怪我なんてしてないのに!!」


「やっと見つけたと思った、やっとミヤを愛してくれる人を見つけたのに!!おまえは全部奪った!!ミヤの大事なものも、ほしかったものも、全部全部全部!!」

『あれはキミが選んだ結末じゃないか、それをボクのせいにするなんてお門違いじゃなぁい?』

「うるさい!!!死んじゃえばいいんだ!!!」


そう言ってミヤは、床に落ちていた割れた花瓶の破片を手に握る。それを見てアーテルの目尻がピクリと動く。

『ッ僕を殺す気?この体は正真正銘ニコラスくんのものだよ?』

「うるさい、っうるさいうるさいうるさい!!!!」


血走った赤い瞳は怒りに燃えている。ミヤは自分の中で渦巻く感情の赴くままに、破片をアーテルへと向ける。対するアーテルは自分の胸ぐらを掴むミヤの腕を振りほどこうとはしない。


『そんな事したって意味ないのに   君にボクは殺せないよ  ミヤ』

『おまえなんかいなくなればいいっ、」


そうしてミヤは、破片を持ったその手を大きく振り上げる。


「死ね!!!!!!!!!!」


彼女が勢いよくそれを振り下ろした時。


誰かがその手を掴み静止した。


「ッッ何してるんだミヤ!!」

「!!?神父様ッ、」

振り向くとそこには、驚いた表情で彼女の腕を掴む神父と目を見開き立ち竦むシスターの姿があった。


「はなして!!!!ミヤはこいつを殺さなきゃいけないの!!!!」

「何を言ってるんだッ、家族になんてことをッ

「こいつは家族なんかじゃない!!!!!ニコラスお兄ちゃんじゃない!!!!」


神父の拘束を振り解こうと暴れるミヤ。しかし小さな少女の力では、大人の男性の腕を振りほどくことなど出来なくて。


1回落ち着くんだ、こっちへ来なさい!」

「ッ嫌だ、離して、ッ離してってば!!!」

ミヤを引きずりアーテルから引き剥がす神父。するとミヤは、神父に掴まれていた手から破片を落とすと


それを、もう片方の手で受け取った。


「!!待つんだ、ミヤちゃんっ!!!」

ラーナの声は彼女に届かない


そして神父がミヤの動きに気づくよりも先に


「離してよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ミヤは神父の顔に目掛けてそれを刺した。


ザクりと、肉を抉るような生々しい音が子供たちの耳を掠める。


誰もがそれにヒュッ、と息を飲んだその時


っ_____ぁ、れ?」


ミヤが驚いたように大きく目を見開いたあと、


彼女は神父によって強く突き飛ばされた。


「ッう"ぁっ」

「っな、ミヤ!!!」

地面へと派手に突き飛ばされたミヤの元へロゼが駆けつける。

「ッテメェ神父何しやが、ん」


「、……っは?」


ロゼは、切りつけられた顔を抑えこちらを睨みつけるように見つめる神父と、その後ろで佇むシスターの姿を見て、驚愕する。


切りつけられた神父の傷から出血はなかった。その代わりに剥がれた皮膚から覗くのは、機械のようなごちゃごちゃとした何かと、壊れたモニターのようにノイズを走らせる瞳と、パチパチと散り舞う火花だけだった。


先程まで驚いたようにこちらを見ていたシスターの表情にはまるで感情がなくなっており、真っ赤な冷たい機械的な瞳でこちらを見つめていた。


なん、なんだ、お前」

『あーーちょっとちょっと何やってくれてんのさ〜!』

??」

地面から起き上がったアーテルはパンパンと服を払うと、神父の元へと近づきムッと頬を膨らませた。


『これ11回直すのにどんだけ時間かかるか分かってる〜?!そう簡単に壊されたりしちゃ困るんだよ〜!』

壊、す?」

アーテルは神父の顔をまじまじと眺めながらそう言った。ミヤとロゼ、イソラは訳の分からない状況に酷く混乱した様子だった。


な、なに?だって、神父様とシスター、は、私たちをずっと、」

『ヤダなー、イソラちゃんたら何言ってんの?こいつらが本物の人間なわけないだろ?』

「へ、?」


『コイツらはロボット!僕たち天蓋お手製の人造人間みたいなモノさ〜』

アーテルは軽々とそう言った。畳み掛けるかのごとく目の前で巻き起こる"信じたくないもの"に、頭がズキズキと痛む。


『お前もお前でさぁ  あんな子供にやられた上に正体までバラすとか本当ポンコツだねぇ』

「申し訳ございません  アーテル様」

『詫びなんていらない  大人しく定置に戻ってろ』


アーテルがそう言うと、神父とシスターの姿をした何かはそのまま部屋を後にした。そうして静かになった部屋の中で、アーテルはくるりと振り返ると人の良い笑みをにまりと浮かべてみせた。


『まぁいろいろあったけど、とりあえず第一巡目のデスゲームはイソラちゃんの勝利を以てして終了!君たちはこのゲームを生き延び選ばれた子供たちってことさ、心から祝福するよ!』


そう言ってアーテルはパチパチと大きく拍手して見せた。静かな部屋に乾いた拍手の音だけが響く。


『本当は明日にでも次のゲームを開始したい所だったんだケドどっかの誰かさんのおかげで面倒事が増えたからね、次のゲームの開始はまた折り入って発表させてもらうよ』

そんな事を淡々と告げる男の言葉は、まさにこれまでに何度もマイク越しに聞いてきた悪魔と同じものだった。


『それじゃ!色々バレちゃったコトだし僕はここでお暇させてもらうよ!変に探られるのも不快だか

「っまって!!」

手をヒラヒラとさせながらアーテルが部屋を出ていこうとした時、イソラがガタガタと音を立ててベッドから飛び降りた。


お、お兄ちゃんは、……ニコラスお兄ちゃんは、どうするの??」

不安に滲む瞳と表情でイソラがそう問うと、アーテルはゆっくりと振り向き彼女の瞳を見つめた。


『どうするのって?』

「その、からだ……お兄ちゃんの体、は、どうするつもりなの………?」

カタカタと震える手を教えて声を振り絞るイソラ。彼女の心は恐怖と絶望にボロボロなはずなのに、それでもなお人の心配をするなんて。アーテルはフッと鼻で笑った。


そして真っ直ぐに  イソラの瞳を見ながら  ニヤリと笑って言う。


『捨てるだけさ  コレはもう使い物にならないからね』


「っだめ!!!!!!!!!」

冷たいその言葉がイソラの耳に届くや否や、イソラは力の入らない足でアーテルの方へと駆ける。


しかしそれを、ラーナが引き止めた。


「追いかけちゃだめだイソラちゃん!!」

イソラの体を強く抑え込むラーナ。それを見てクツクツと嘲り笑いながら背を向けるアーテル。尚も暴れるイソラ。


「なんでっラーナお兄ちゃんも止めてよ!!」

「危険だ、行かない方がいい!!」

「っやだ、やだよお、お兄ちゃんを、お兄ちゃんをつれていかないで!!お兄ちゃんを捨てないで!!!お願いだからもう、」


「これ以上何もとらないでよおっ!!!!」


涙で滲むその悲鳴を聞いてもアーテルは止まらない。ただ無慈悲に、嘆くイソラを置いて部屋からいなくなってしまった。


「ぅ、ぅぅううううっッぁ、うあああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁっ」

大切なものを2度も失ったイソラは、そのまま力なく地面へと座り込む。そうして彼女は非情な現実を前に大きな声を上げて泣くのだった。


………………ラーナはただそれを、何をする訳でもなく見下ろしていた。