✝︎
先逝くものが後へ残った者に希望を託した。それが一端の希望であっても、生きる理由を失った者を立ち上がらせるには十分なものだった。
小さな手に握られた希望を決して手放しはしなかった。それが唯一できる事だった。
…何かを変えれると思ったんだ。
その力が自分たちにあると思い込んでいた。
それだけだった。
✝︎
早朝、寝室には今しがた起きたばかりの子供たちみんながいた。持ち主のいないいくつかのベッドは丁寧に整えられていて、寝室はすっかりがらんとした寂しい空間になっていた。
「……ゲーム、選ばれたな ラーナ」
ロゼは目前でベッドに腰掛けるラーナにそう呟いた。ラーナはロゼを見るとふわりと微笑んだ。
「うん、……でも大丈夫だよ、僕がなんとかするから」
ラーナはいつもと変わらない穏やかな声色でそう言った。
今でもまだ、彼のその笑顔を見ると心がザワつく。理由は分からないけれど。
「………ま、お前の力なんて借りなくてもオレ1人で何とかできるけどな!」
胸の内に渦巻くソレを誤魔化すように、ロゼは小さな胸を張ってそう言った。ラーナはそらを見てくつくつと笑っていた。
「………次のゲームもまたコロシアム、だよね。…朝ごはん、食べた方がいいんじゃないかな?」
ミヤは窓の外にそびえ立つコロシアムを見つめながらそう言った。確かに体力を使うゲームをする以上、腹ごしらえは必要だろう。
「うん…そうだね、ミヤちゃんの言う通りだ。よし、みんな朝ごはんにしよう」
そう言ってラーナが立ち上がろうとした時、彼はふと、あることに気がついた。
「あれ…ルーナちゃんは?」
辺りを見渡すと、この部屋にいるはずのルーナの姿が見当たらなかった。…何かあったのだろうか?そう心配するラーナへミヤが言った。
「ルーナお姉ちゃんはチェカと一緒に寝るって言ってたよ、チェカ…部屋に1人、だから」
最後の言葉をミヤはどことなく言い淀んだ。"部屋に1人"。…仕方がないことだ、同じ部屋にいたはずの兄はもういないのだから。
「そっか…それなら安心だね。ありがとうミヤちゃん」
ラーナは優しくミヤの頭を撫でた。
「さあみんな、とりあえず朝食にしよう。ゲームの開始までにはまだ時間があるからね」
パン、と両手を叩きラーナがそう言った。そらに釣られて他の子供たちもベッドから降りて部屋を出ようとする。
「…ね、ねえみんな!ちょっと…いいかな…?」
しかしそれを、未だベッドに腰掛けたままのイソラが制止した。子供たちは足を止めイソラの方を振り返った。どこか不安そうな表情で俯くイソラを疑問に思いながら彼女のことを見つめる。
「イソラ、どうしたの…?」
「あのね、みんなにお話があって、…それとね……確認したいことが…あるの」
イソラは不安を紛らわすようにきゅっと両手を握りしめた。それを見て、ミヤはそっとイソラの隣へ腰掛けた。ロゼとラーナもイソラの元へと移動する。
「その……お話する前に、一つだけ…聞きたいことがあるんだけど…」
「どうしたんだい?」
ラーナが緊張した様子のイソラを宥めるように優しい声でそう言った。するとイソラは、先程から伏せていた瞳を上げて、ラーナの瞳を見て言った
「あのね、ラーナくん」
金色の瞳がこちらを見つめる。ラーナは未だふわふわと優しい笑みを浮かべて「ん?」と小首を傾げた。それを見てイソラはほんの少しの迷いの後、口を開いた。
「ラーナくん、私たちに何か内緒にしてること、ない…?」
「…え?」
イソラはラーナの瞳を真っ直ぐ見つめてそう訪ねた。それにラーナはキョトンとした表情をする。ミヤとロゼもまたラーナの方を見る。
「私たちに隠し事してたりとか、してない…よね?」
イソラは確認するようにそう言った。ロゼはイソラのその言葉と表情を見て訝しげに表情を曇らせる。対するラーナはぱちぱちと不思議そうに目を瞬かせたあと、またへにゃりと花が綻ぶような笑みでこう言った。
「うん、何も隠してなんかないよ。大丈夫」
「…………そっか…」
その言葉を聞いて、笑顔を見て。イソラはそう呟いた。…ああ、この人は本当に、なんて顔で笑うんだろう。本当に優しくて暖かいお兄ちゃん。…そう思った。
だけど、もう、見て見ぬふりなんてできないから。イソラはパッと顔をあげて、泣きそうになるのを堪えながらラーナの瞳を見て言った。
「嘘つき」
「っへ、」
驚いたように目を開くラーナと、ミヤとロゼ。イソラは涙を堪えながら、必死に言葉を紡ぐ。
「どうして嘘なんてついたのラーナくん ラーナくん、本当はわたしたちが知らないこと沢山知ってるんでしょ?何もかもみんな知ってるのに、私たちに、嘘ついてるんでしょ…?」
「待ってよイソラちゃん、何言って」
「どうしてひかりくんに嘘ついてまで、家族を殺させるようなことしたのっ…!」
その言葉に、ミヤとロゼにピシッッと衝撃が走る。
「ッな……オイどういうことだよラーナっ!!あの時の裏切り者ってッ…」
「落ち着いてよみんな、イソラちゃんも!なんの話ししてるのかわからないよ!」
ラーナから距離を取るロゼと、焦った様子のラーナ。
…疑心暗鬼に包まれた空間が息苦しい。本当はこんな事、したくない、信じたくない。…けど、私はやらなきゃいけない。
「………ひかりくんがね、メモを残してくれてたの。そこに全部書いてあったの。ラーナくんがこの世界のこと、秘密…みんな知ってるって」
イソラはそう言ってくしゃくしゃになったメモをポケットから取り出した。それを見てラーナの目がピク、と動く。
「何だよそれ、文字…?」
ロゼとミヤはそれを覗き込む。しかし羅列されたそれを読むほどに知識は2人にはなかった。しかしラーナはそれをじっと見つめていた。
「…お願いラーナくん。…貴方が知ってること全部、私たちに教えて」
イソラの瞳に敵意はない。懇願するような瞳でラーナを見つめてそう言った。ロゼとミヤもまたラーナへ視線を移す。
…しかしラーナに、先程までの笑みはなかった。表情が抜け落ちた顔で、イソラの手に握られた紙切れを見つめていた。何を考えているか分からないその表情にほんの少しの恐怖を抱く。イソラはそれを表に出さないように懸命に取り繕った。
やがて数分とも思えるような時を経て、黙ったままだったラーナが口を開いた。その言葉に、イソラは大きく目を見開いた。
「………何も無いよ。君たちに教えれることなんて何も。」
「……っえ、」
ラーナが見せた笑顔は先程とは違い、温もりも優しさも感じなかった。張り付けたようなその笑みと、予想もしていなかった言葉にイソラは呆気に取られる。
「ッざけんなテメェ!!やっぱ何か知ってんじゃねえか!ふざけたこと言ってないで教えろよ!」
ロゼが怒りを顕にラーナの服を掴む。それを拒絶することも無く、ラーナは淡々と告げる。
「僕が知ってることを君たちに教えたところで何になるっていうの?か弱い君たちのことだからきっとまた苦しんでしまうに違いない。…僕は君たちのそんな姿、見たくないんだよ」
その言葉は家族思いな兄らしい優しい言葉だった。けれど今はその言葉に、微塵も優しさも温もりも感じなかった。
「だからってミヤたちに嘘つく必要ないじゃん!!どうして裏切ったりしたのラーナお兄ちゃん!」
ミヤがそう叫んだ。
「………僕はみんなに絶望して欲しくないんだ。幸せでいて欲しいんだ。苦しんで欲しくない、悲しんで欲しくない。ここで出会った家族との幸せな思い出を、なかった物になんてしたくない。」
「これは全部君たちの為なんだよ。そして君たちがこれ以上苦しまないようにすることこそが、兄である僕の務めなんだ」
ラーナはハッキリとそう告げた。その言葉を聞いてイソラは絶句する。
……何が起きるか分かっていながらひかりくんを騙して家族を殺させたのも、全部知ってるのに知らないふりをし続けるのも、私たちを裏切って騙したことも、ラーナくんにとってはみんなみんな、"私たちのため"、なの?
わからない、理解ができない。どうしてそうまでしてラーナくんは私たちに嘘をつき続けるのだろう。私たちの為だなんて言って、あの人は何を、考えているの
殺伐とした空気が漂う中、それに割り込むようにして突如キィンと甲高いノイズ音が響き渡った。…悪魔がやってきた。
『やぁみんな、揉め合ってるところ悪いけどそろそろゲームが始まる時間だよ〜!』
アーテルは容赦なくそう告げた。その言葉にロゼはチッと大きく舌打ちし掴んでいたラーナの服を乱暴に離した。
そうして苛立ちに駆られたままロゼが部屋の外へ出ようとすると、アーテルが大きな声でそれを止めた。
『っあーー違う違うロゼちゃん!今回のゲームはコロシアムは使わないよ!』
「…は??」
驚きを隠せない様子でロゼがくるりと振り返ってそう言った。衝撃を受けたのはミヤやイソラ、どうやらラーナも同じだったようだ。
「コロシアムは使わないって…じゃあどうする、」
『ずっと同じゲームじゃ飽きると思ってさ、今回からは新しいゲームをやってみようと思って』
「新しい、ゲーム…?」
予想もしていなかった展開にどくどくと心臓が悲鳴を上げる。困惑するロゼをよそ目にアーテルは意気揚々と説明を始める。
『今回のゲームはこの部屋…寝室で行う新しいゲームだよ!まず初めに、ゲームに選ばれた2人にはそれぞれベッドに寝転んでもらって眠ってもらいます!そしたら僕が2人にとある夢を見させるから2人にはその夢から脱出してもらうんだけど、そこでは"君たちの脱出を妨害する邪魔者"が出てくるんだ。』
『そいつらを全員殺して、"夢から抜け出すための鍵"を手に入れて夢から覚める。先に目覚めたどちらかが現実で眠ってる対戦相手を殺せば勝利、って感じ!…面白そうだしカンタンでしょ?』
『ちなみに夢から目覚めるための鍵は夢の中にいる"邪魔者"のうちの誰かが持ってるよ。そいつを殺して鍵を奪うまでは絶対に目を覚ますことはできないから気をつけてね!夢から起きたあとの相手の殺害方法は自由!すきなようにやっていいよ〜』
つらつらと説明するアーテルの言葉に、脳が一切追いつかない。…夢の中?鍵?邪魔者?一体何の話をしているのだろう。何一つ現実味を帯びていないそれにロゼは困惑した表情を浮かべる。
『あ〜、どうやって夢を見るの?とかそもそも眠れるの?とかそういうリアルな話はナシね!僕ら天蓋はカミサマみたいなモンだからね、魔法の力でなんでも出来るって思ってくれてたらOK〜』
何か言いたげにしているロゼに釘を刺すようにアーテルはそう言った。
『ま〜こればっかりはとりあえず説明するよりやってもらう方が早いかもね!対戦相手の2人以外はモニタールームに移動して、ロゼちゃんとラーナくんはベッドに寝転んでね〜』
言われるがまま流されるように事が進む。まだ話は終わっていないのに。だけど今逆らったところで面倒なことになるのは間違いない、大人しく従うしかないだろう。
「ラーナくん」
部屋を出る前にイソラがくるりと振り返った。ラーナはパッとイソラの方を見る。
「…………ううん なんでも、ない」
…"これが終わったらまた話そう"なんて言えなかった。だってこれは、必ずどちらかが死ぬゲーム。……不確かな約束をするのは、もう嫌だった。
後ろ髪引かれるような思いで部屋を後にするイソラとミヤ。そうして寝室の扉は、ギィと音を立てて閉ざされた。
『さて、2人とも準備はOKかな?堅くならなくていい、リラックスしてね』
それぞれベッドに横たわるロゼとラーナは、不安な気持ちを抱えたままアーテルの言う通りに動く。
『それじゃあ、今からおやすみタイムでーす!2人とも、ゆっくり眠るんだよ〜』
アーテルがそう言ったと同時。どこからともなくシュウウウ、という音を立ててもくもくと煙が部屋を包み込み始めた。
「っな!何だ急にッ、」
突然のことに慌て起き上がろうとするも、勢いで煙を吸ってしまった為か身体にうまく力が入らない。……ああなるほど、もしかしてこれは、
「睡眠、ガ、…す……?」
なんでこんなものが。なんてそんなことは今更すぎる話だけど。抗おうとする心とは反対に、体からはどんどんと力が抜けていく。朦朧とする意識の中、これからどうなるのか分からない不安に煽られながら、ロゼとラーナはぱたりと意識を手放した。
✝︎◆✝︎
…、……。
…!…ん!
「っロゼってば!!」
「_____ッッッは、」
突然誰かに名前を呼ばれてばちっ、と目を覚ます。何だ、ここはどこだ?オレはあのあと一体どうなって、
「もう、やっと起きた」
「……………は??」
寝ぼけた頭で考えていたその時。自分を覗き込んだその人物の姿を見て、ロゼはヒュッと息を飲む。
「ロゼおねーちゃん、おねぼうさん〜!」
「あれ…ロゼ、今起きたの?早くしないと朝ごはん無くなっちゃうよ…」
……有り得ない、ありえない、有り得ない。これは現実ではない、分かってる、分かっている。だけど夢にしてはあまりにもハッキリとした視界と意識、肌に感じる空気も声も全てが生々しいほどに現実味を帯びた世界。
目の前へ現れた彼らの姿を見て、ロゼは、絶句する。
「…………嘘だろ あいつが言ってた "邪魔者"って」
青ざめた顔のロゼの見て不思議そうに笑うそれは
「……お前ら、なの か?」
もう居ないはずの、家族たち。
『うまく夢の中に入り込めたみたいだね、ロゼちゃん、ラーナくん!』
突如響き渡ったアーテルの声にバッと身を強ばらせる。それを不思議そうに見る家族たちの姿を見て、気づく。
「…この声、もしかしてコイツらには聞こえて…?」
『そ!僕の声は君とラーナくんにしか聞こえてないから安心してね!』
思考を読み取ったかのようにアーテルはそう言った。辺りを見渡して先程から彼が言うラーナの姿を探す。…しかし彼の姿はどこにも見当たらなかった。
『2人には同じ内容の夢を見てもらってるけど、それぞれ別の夢として確立してるから夢の中に対戦相手はいないよ!殺せるのはここから目覚めた後だけだからね!』
アーテルはそう言った。……つまり、この夢から目覚めない限り、ラーナを殺すことはできない。…でも、夢から覚めるためには__
『さぁそれではいよいよゲームの始まりです!制限時間はナシ!ここにいる"邪魔者"みんな殺して鍵を手に入れて夢から目覚めるのはどっちかな〜!?それじゃあ2人とも、頑張ってね〜!』
アーテルはそういった後、ケラケラと楽しそうに笑いながらプツリといなくなった。
「あれ、どうしたのロゼさん?顔色悪くない?」
赤茶色の髪をした少年がロゼを覗き込んだ。…ああ、ああ、見たくはないその顔。その声。それでも体は言うことを聞かなくて、ロゼは恐る恐る顔をあげた。…そうして、金と黒の瞳とばちりと目が合った。
「……エス、ピダ」
「?なに…?お化けでも見たみたいな顔して」
…ああ、やっぱり、そうなんだ。ここから目覚めるには、勝つためには、また、
「…殺さなきゃ いけないの か」
何も知らず穏やかに笑うエスピダの顔を見て、ぽつりとロゼはそう呟いた。
✝︎◆✝︎◆✝︎
オレの目の前で楽しそうに笑う家族は、その声も表情も立ち振る舞いも何もかもが全てが完璧に同じモノだった。いっそこれが偽物なんだと思わせてくれたらいいのに、そう思えるような部分がひとつも見当たらない。
周りの奴らはみんな幸せそうに、楽しそうに笑っていた。恐怖も不安もない、当たり前の平和の中でみんな楽しそうに生きていた。…まだあの時の…ゲームが始まる前の、幸せだった時のまま時間が止まってるみたいだ。
「ロゼ?浮かない顔をしてどうしたんです」
オレが少し離れた場所に俯いて座っていると、心配そうな顔でニコラスがやって来た。それにオレは咄嗟にビクッと反応してしまう。
「…に、ニコラス」
「おや、どうしたんです?貴方らしくない反応ですね…。また何か悪戯でもしたんですか?それともシスターに叱られましたか?」
「いや…何もしてねえよ、心配すんなって…」
「そうには見えませんが…」
うーんと首をかしげ顎に手を添えるニコラス。ああ、その挙動一つ一つまでもが本物のニコラスと何一つ変わらない。オレはつい目を逸らしてしまった。
「なになに?どしたんニコ?」
「パロ、走ると危ないですよ。…いえその、ロゼの様子がちょっとおかしくて」
「うーん?どしたんロゼちゃん、オレが励ましたろか!」
ニコニコと笑うパロディの笑顔を見ることが出来なかった。
そうしているうちに、オレの周りへぞろぞろと他の奴らも集まってきた。
「どうしたの?ロゼ元気ないの…?」
「ロゼお姉ちゃん、大丈夫…?どこか怪我したの…?いたいのいたいのとんでけ、する…?」
「風邪とかでしょうか…?」
アシュにミア、東雲もオレを心配そうに見つめる。…やめろ、やめろ、やめろ。オレのことは放っておいてくれ、オレはお前らを殺そうとしているやつなのに、オレはお前らを、殺さなきゃ、いけないのに
「おーいみんなー!そろそろおやつの時間だよ〜!今日はシスターとオレ特性のいちごのショートケーキでーす!」
ふと、遠くの方から男の明るい軽快な声が響く。オレはパッと目を見開いてその男の方を見た。
「サビク、今日はシスターのお手伝いしたんだね」
「ちょっと待ってセシリア?今日はって何?オレいつだってお手伝いしてるつもりだけど?」
「してへんやろ」
「冷静に突っ込むのやめてくんないパロ?」
……その男…サビクは相も変わらず楽しそうに家族と話をしていた。オレを囲んでいた何人かもサビクの言葉につられてキッチンの方へと走っていった。
「ほら、行きましょうロゼ」
ニコラスが優しく笑ってそう言った。
…どうしたらいいかわからないまま、オレはみんなの後を着いてった。
テーブルの上には甘いイチゴの香りが漂うイチゴのケーキ。サビクが作ったからか、形は少し不格好だった。みんなでテーブルを囲んで、どうでもいい他愛もないことを話しながらそれを食べる。
「イチゴもらい!」
「あーー!!ちょっとエスピダ、セシルのいちごとんないでよ!!」
「早い者勝ちだよセシリアさん〜」
今までの苦しみも、不安も、恐怖も、全部嘘だったみたいにみんな笑ってる。これまでのことが全部夢であったかのように、この空間は幸せに満ちていた。
「どーお、ロゼ。おいしい?」
「…お、………おう」
「そ、ならよかった!」
ふと、目の前でニコニコと笑いながら頬杖をついてサビクがそう言ってきた。ケーキの味は確かに甘くて、まろやかで、とても美味しかった。現実なんじゃないかと疑うほどにリアルな味で。
……いや。もしかしたら、本当はこれが現実なんじゃないのか。デスゲームも天蓋も本当は存在してなくて、オレはずっと変な夢を、悪夢を見続けていただけなんじゃないのか。
だって、ほら、見ろよ。
ここにいる家族みんなこんなに幸せそうに笑ってる。楽しそうに喋ってる。不幸も絶望も知らないような優しい時間の中で、ただ与えられた幸せを噛み締めて生きてる。
…そうだ。"生きてる"んだよ。コイツらは今まさにオレの目の前で生きている。馬鹿みてえに騒いで遊んで笑ってる。偽物なんかじゃない、コイツらは確かにここに生きてるんだ。
………こんな顔した奴らから、幸せを、平和を奪うなんて。そんなのオレにできるのか?…このままずっとここで、コイツらのバカに付き合うだけじゃ、ダメなのかな。
オレがここに残れば……そしたら、コイツらはずっと…幸せなままで、いれるんじゃないのかなあ。
「…………ロゼ?どうしたの…?」
「…何でもねえ。きにすんな。」
「でも…」
「いいから」
心配そうにオレをのぞき込むサビク。…ああ…お前ってほんとに、家族のこと大好きだよな。サビク。
「なんかお腹いっぱいになっちまった」
「えっ!もう?オレのケーキまずかった…?」
「そんなんじゃねーって。朝飯食いすぎただけだよ」
ごしごしと目元を拭って1切れだけ無くなったケーキをサビクの方に差し出す。
「あとはチェカにでもあげてやれ、アイツ喜ぶだろ」
そう言って、オレはそこから立ち去ろうとする。…けど。
「…………?ロゼ、チェカって、誰のこと…?」
「……、は?」
サビクが放ったその言葉に、オレはつい呆気に取られてしまう。バッと振り返ってあいつの顔を見ると、アイツはさも何も知らないといったような顔でキョトンとオレのことを見ていた。
「お前何言って…」
「えっ?いや、だからチェカって誰のこと…あれっ?ごめんそれ誰かのあだ名だったりする?」
こいつの焦りようからするに、多分本気で知らないんだということがわかった。……知らない?何で?仮にもコイツが家族の名前を、存在を忘れているはずなんてないのに。
……いや、待て。違う。…そういえば、よく見れば。オレはぐるっと部屋を見渡す。テーブルを囲む家族たちはみんなそれぞれわいわいと団欒していた。それを見てオレはあることに気づいた。
「……イソラにミヤ…ルーナは?」
ここには家族みんなが集まっているはずなのに、アイツらの姿はどこにも見当たらなかった。そしてその名前を聞いたサビクはまたキョトンとした表情を浮かべてオレを見る。
「…イソラ、ミヤ…?ルーナ?なぁロゼ、誰なんだそれ…?」
「いや、誰って、家族のっ…!」
「そんな名前の子ここにはいないよ?」
そう言われて、オレははっとする。
…ここには、"今生きている奴ら"はいないんだ。今ここにいるのは、もう既に"死んでしまった奴ら"だけなんだ。
頬にクリームをつけて無邪気に笑うミアも、イチゴを咥えて走り回るエスピダも、それを追いかけるセシリアも、2人でくすくす笑いながら話をしてる東雲にアシュも、パロディにイチゴを分け与えてるニコラスも、目の前でオレを見つめるサビクも。
…みんなみんな、もうとっくにいなくなったヤツらなんだということ。まだ生きてるアイツらは、ここにはいないんだということ。
それに気づいて、視界がスッと開けた気がした。オレの足を引き摺るようにまとわりついていた何かがじわじわとオレから離れていく。
「……そっか、……………そっか。」
夢とは思えないような現実的なこの場所が、本当に現実であればいいと思った。目の前のコイツらが幸せそうに生きていく姿を壊したくはなかった。
…だけど、そうだ。こいつらはもう"いないヤツら"なんだ。本当に生きているのは、生き残ったアイツらは、ここにいない。あいつらは、"現実"で、オレたちのことを見守っている。
オレのいるべき場所は、ここじゃない。オレのやるべきことは、こんな事じゃない。
「………………ロゼ?」
何も言わないオレを不思議そうに見つめるサビク。
…ああ。お前らの暮らすこの世界が、幸せが、本物であってほしかった。またお前らとしょうもないことで笑いあってバカやりたかった。
だけど、ここが現実じゃないこと。お前らがもう死んだ人間なんだってこと。全部全部気づいちまったから。目が覚めたから。
「……ごめん、サビク」
「?あはは、なあに?どうしたの急に」
サビクはふっとオレを見て笑った。その笑顔はとても純粋で、優しかった。
「………ごめん、ごめんな。サビク。セシリア。ミア。東雲。アシュ。ニコラス。パロディ。オレ…お前たちとまた家族にはなれないみたい。」
みんなの視線がこちらへ集まった。窓から差し込む太陽の光が暖かくて、何だか眩しく感じた。
「…ごめん、みんな。オレのこと許さなくていいから」
「……………ロゼ?何を」
くるりと踵を返し、ゆっくりとテーブルの方まで戻っていく。
そしてオレは迷うことなく
机上に置かれていたナイフを手に取った。
「どうかおれに ころされてくれ」
ガタンと、イスが倒れる音がした。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
悲鳴が響き渡る。泣き叫ぶ声が耳を劈く。助けを乞う声が、逃げ惑う足音が、飛び散る血飛沫が、この空間全てを包み込む。
「ッッいや"、やぁ"あ、痛"ぃ、ラー、な、やめ、てや"ッ…!!」
苦しそうにもがく血だらけのパロディくんの胸ぐらを掴む。隣には彼を守ろうとしていたニコラスくんが血みどろになって倒れてる。
僕の腕を掴んで抵抗しようとするパロディくんの顔を、そのまま僕は何度も何度も殴った。血が飛び散っても、肉が裂ける音がしても、骨が砕ける音がしても、構わず殴り続けた。そうして彼の呼吸が止まるその時まで、何度も何度も殴った。
…やがて静かになって何も言わなくなったパロディくんを、ニコラスくんの近くへそっと寝かせる。ヒリヒリと痛む手を振りながら、ぐるりと辺りを見渡す。
血だらけになった部屋の壁の隅に背中をくっつけ、うさぎの人形を抱きしめてガタガタと震えるミアちゃんと目が合った。彼女はヒッッッと小さな悲鳴を上げて恐怖に身を強ばらせた。そんな彼女の元へ僕はゆっくりと近寄った。
「っ……ぁ、あ、ッ、ら、らーなおにい、ちゃ、どうして、こんな、こ と」
絶望に淀んだ瞳で僕を見上げ、涙混じりにそんなことを言ったミアちゃん。僕は彼女の前にしゃがみこむと、優しく彼女の頭を撫でて笑う。
「大丈夫だよミアちゃん もう怖がらなくていいからね。僕が楽にしてあげるから」
「や、め、」
そう言ったと同時に、僕は彼女の小さな首にスッッとナイフを走らせた。赤い鮮血がぶしゃりと噴き出し僕の白いシャツを赤黒く汚す。
カポカポと音を鳴らしてぐちゃりと床に倒れたミアちゃんを見た後、僕は立ち上がり"残りの1人"を探しに部屋を出た。
……ここで目を覚まして、幸せそうに笑う家族みんなの姿を見た時。すごくびっくりしたよ。それと同時に、"早く救ってあげなくては"と思った。純新無垢な笑顔で僕に手を差し伸べた皆を殺すことにはなんの躊躇いも感じなかった。
だって、僕は兄だから、兄として皆を守らなくてはいけない。苦しみから、悲しみから、辛さから、みんなを救わなくてはならない。…だから僕はこうして皆の命を奪うんだ。そうしたら皆、もう苦しまなくて済むから。そうしたら皆、幸せになれるから。
これは全部みんなの為なんだ。この箱庭から、彼らの支配から、みんなを解放するため。幸せそうに笑う彼らをこれ以上苦しませない為。その為にやってるんだ。
あの時、ひかりくんに嘘をついて家族を殺させたことも、弱ったサビクくんに本当のことを教えて励ましたのも。全部全部、"みんなの為"。僕はただ、みんなに苦しい思いをして欲しくなかっただけだから。
……ああ、でも。それならどうしてこんなに心臓がバクバクとうるさいんだろう?
みんなの苦しむ姿を見て、泣き叫ぶ姿を見て、血に濡れ地に這い蹲る姿を見て、どうして僕はこんな気持ちになるんだろう?
僕はただ、みんなを救っているだけだというのに、
弱っていく家族のみんなを見ることに、家族の命を奪うことに、どうしてこんなにドキドキしてしまうんだろう!!
眠りへ着いたと同時に、僕は迷うことなく夢の中の家族を殺して回った。ナイフで内蔵を裂いたり、首元を刺したり、心臓を貫いたり。僕から逃げる悪い子はお仕置として顔を何度も何度も何度も殴った。顔の骨が折れる音と共に呼吸が途切れるその瞬間まで。
これは救済だ、みんなを救うための唯一の方法だ。僕は何も間違ってないし、何も悪いことはしていない。みんなを救おうとする僕から逃げる君たちの方がよっぽど悪い子だよ。
甲高い悲鳴と泣き叫ぶ声が部屋中に木霊する。ここは夢の中のはずなのに、それでも確かにこの手に残る命の感触は本物だった。おかしいよね、ここは所詮あいつらが僕に見せてる夢のはずなのに。
「___っぁ、」
「!」
そしてついに、最期の一人を見つけた。物陰に隠れて、目尻に涙をいっぱいに浮かべ、目の前で小さな体を震わせ怯えた顔で僕を見つめるのは、あの日僕が"救い損ねた"少年の姿。
「ひかりくん」
「ッッぃ、いやだ、やだ、こないでくだ、さ」
「あのねひかりくん、僕ずっとあの時のことを後悔していたんだ。君を止めれなかったこと、君を救えなかったこと」
1歩近づけば、彼はヒッッと恐怖に染められた小さな悲鳴を零す。
「僕がもう少し早く君を殺していれば、君はあんな風に苦しんで死ぬことはなかったのにって。…ずっとずっと謝りたかったんだよ」
ナイフにこびり付いたもはや誰のものかすら分からない血が、ポタリと地面へと落ちる。
「またこうして君に会えてよかった 今ここで、僕の手で君を救うことができるんだから」
ひかりくんの前へとしゃがみ込めば、彼は目を見開き怯えきった顔で僕の目を見つめた。
そして僕は、にっこりと優しく微笑んで言った。
「ひかりくん あの時は救えなくてごめんね。今回は絶対に間違えないよ。」
「さようなら 東雲ひかり。どうか君がこの先幸せになれますように」
そう言って僕は、彼の心臓に目掛けて思いきりナイフを振り下ろした。彼に、幸福があらんことを、心の底から願いながら。
そうして彼の血と共に出てきたのは、
「金色の、鍵 ?」
ああそうか、これが夢から覚める為の。
僕は迷うことなくそれを手に取った。
___それと同時に、意識がぷつりとなくなった。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
ラーナはハッッと目を覚ました。
何度か瞬きをしたあとガバッと起き上がり周囲を見渡すと、そこは見慣れた寝室の景色だった。奥には未だ目を覚ましていないロゼが眠っている。
そしてラーナは考えるよりも先に動いた。ベッドから降りて、なるべく足音を立てないよう、ゆっくりとロゼの元へと向かう。
彼女の顔を覗き込む。浅い呼吸を繰り返して眠っている幼い少女の寝顔が見えた。その顔があまりにも普段のロゼでは見ることがない穏やかな表情をしていたものだから、ああ、ロゼちゃんもこんな顔するんだな。なんて呑気なことを考えてしまう。
「………あとは君だけだね ロゼちゃん」
ラーナはベッドに眠るロゼにのそりと跨る。窓から差し込む太陽の光が彼女の真っ赤な髪を照らし赤く燃えていた。綺麗だなんて考えながら、ラーナはそっとロゼの首に手を掛ける。
そしてそのままきゅっと力を入れる。
気道が狭り、息ができないのだろう。眠ったままのロゼは抵抗こそ無いにしろ苦しそうに目尻をピクリと動かした。それを見て、ラーナは全身が熱く沸騰するような感覚に襲われる。
「………ああ、今までずっと大変だったろう ロゼちゃん。苦しかっただろう、辛かっただろう?だけどもう大丈夫、僕が今ここで君を救ってあげる」
ぐぐ、っと力を入れる。呼吸ができず顔が真っ赤になっていくロゼの姿を見つめながらうっとりと笑う
「この世界での幸せな記憶を抱いたまま どうかそのまま死んでくれ」
ロゼの首を絞める力をいっそう強くする。このまま息が止まって、心臓がとまって、彼女は死ぬ。やっとこの手で家族を救えるんだ、解放してあげれるんだ!
苦しそうに呼吸を荒らげる少女。自らの手で命を手掛ける感触に、無意識ながらに生きようと藻掻く彼女の姿に、ラーナの心臓はこれ以上ない迄にドクドクと高揚していた。
……そのせいもあってか ラーナは気づいていなかった。
目の前の少女の手が ずっとポケットに忍ばれていたことに。
バチリと、少女の目が開かれた。
「……………っは?」
真っ青な瞳と視線が混じり合う。
ラーナは大きく目を見開いた。
そこで生まれたほんの僅かの隙をついて、ロゼはポケットの中に隠していた何かを握りしめ
「______ッッッッッっっッ""!!!!!!」
ラーナの眼球目掛けて、突き刺した。
「ッッっあ"ぁあぁぁぁああああぁぁあぁあアぁあ""ッッッッ""!!!!!!!!!!」
突如ぐちゃりと歪んだ視界と激痛にラーナは仰け反り悲鳴をあげて藻掻く。どばりと溢れる血が真っ白なシーツを汚す中、首を抑えゲホゲホと噎せながらロゼがラーナを蹴り飛ばす。
「ッッッげほ、っけほッはぁ、はっ、」
「ッッう""、ッッぁあ"、な、なに"ッ目が、ぁ"」
ベッドから転び落ち、床を赤く汚しながら片目を押え訳の分からない痛みに悶えるラーナを、ロゼはギロリと強く睨み付けた。
「ッ…はあ、…何かに使えればって思って持ってたケド まさかこんな事に使うなんて、」
ロゼが握りしめていた破片は、いつぞやミヤがアーテルを襲った時に割れた花瓶の破片だった。それを片手にぎゅっと握りしめ、ラーナを見下ろした。
「ッッッい、いつから"ッ…」
「ッ最初からだよ、オレはお前よりずっと先に起きてた。でもあのままお前を殺す訳にはいかなかった っお前から話を聞かない限りは」
そう言ってロゼがベッドから降り、床へ蹲るラーナの元へと立つ。そうして彼の胸ぐらをガッと掴んで言った。
「…お前が知ってること 全部話せよラーナ。じゃないともう片方の目も抉ってやる」
そう言ってロゼはラーナのもう片方の目に破片を構える。ヒュッ、ヒュッと荒い呼吸を繰り返すラーナは、痛みか恐怖かガチガチと歯を鳴らす。
「…イソラが言ってた裏切り者 あれは本当にお前なのか?お前は一体何をどこまで知ってるんだ」
ギロリとラーナを睨み付け破片を突きつける。ラーナはどくどくと血を溢れさせながら叫ぶ。
「裏切ってなんかない!!僕はあの時ただひかりくんを励ましたかっただけだ!!ひかりくんに救済ルールのことを教えて、それをひかりくんが誰かに伝えれば、ひかりくんは間接的に家族を"救う"ことになると思ったんだ!!」
「それにあの時地下室で神父に殺されそうになってたからッ!ひかりくんをアイツらの手から守るには"こちら側"に引きずり込むしかなかったんだよ!」
ロゼの目尻がぴくりと動く。コイツのいう"家族を救う"ことがどういう事なのかが全く理解できない。それに、今、地下室って?
「地下室って何のことだよ、それにお前、やっぱり神父がおかしいってこと知ってたのか…!」
「ッ全部仕方なかったんだ!!!ひかりくんを巻き込みたくなかった、サビクくんの事だって!!だけどああでもしなきゃ、ひかりくんはアイツに殺されてたし、サビクくんだって自殺するところだった、僕はそれを止めただけだ!!」
「待て、今サビクって…」
「サビクくんが死のうとしたときこの世界の秘密を教えたんだ、彼の自殺を止めるにはそれしかなかった、ほんとうに、ただそれだけだよ!!裏切りなんかじゃない!」
叫べば叫ぶほど彼の眼球からはじくじくと血が溢れ出る。痛みで正気を失いかけているのか、ラーナの目は既に焦点が合っていない。
「…アイツらに吹き込んだのは、お前だったのか…………」
一体いつから、いつから彼はこんな事を?いつから、どこまで、何を知っているというのか。
「…ッラーナ、お前どこまで知ってんだよ…ここのこと…!!」
「全部だッ…この場所が"本物"じゃないことも、神父達のことも、天蓋のこともっアーテルのことも!!最初から知ってた訳じゃない、頭に流れ込んできたんだ、初めてアーテルが現れたあの時に!!医務室で目を覚ましたあとに!!」
"初めてアーテルか現れた時"。
…もしかして、アーテルに撃たれて倒れたあの時 あの時点から、既に、こいつは
「ッじゃあここが"本物"じゃないってんならこの世界は何なんだよッ!!どうやったらオレたちはここから出れるんだよっ!」
「ッ……方法はある、っでもだめだ、ここから出ちゃ行けない、君たちはここで死ぬべきなんだっ…」
「ふざけたこと言うなよ!!!」
痛みのせいだろうか、ラーナはマトモに呂律が回っておらず正気を失いかけているようにも見える。ロゼは威勢を崩さぬよう懸命にラーナを脅す。
「逃げ出す道はある、でもアイツらが監視している限りは無理だ!!それにここから逃げ出したって意味なんてないんだよ!このゲームに勝って、ここから逃げ出せたって、君たちは幸せになんてなれない!!」
「このことをみんなに教えて絶望して欲しくなかったんだ!!ここでの思い出が、この世界が、記憶が、家族との絆がみんな作り物で、偽物だったなんて思って欲しくなかった!!」
「ッそうだ…これは全部"みんなの為"なんだよ!!僕はこの世界で、みんなに幸せなまま死んで欲しいだけっ……"元の世界"に戻ってしまえばきっとみんな辛い思いをするだけだ、そんなの嫌だ、耐えられない!!大切な家族のそんな姿見たくない!!」
「このゲームに勝ったところで結局その先には地獄しかないんだ!!それなら僕がこの手でみんなを殺して救った方がいいに決まってる!!この場所で死んだ方が、みんな幸せに決まってる!!」
「僕は何も間違ってない、正しいことをしているはずだっ!!!全部全部全部みんなの為にやってる事なんだ!!!!!!!!!!!」
正気を失いかけた表情のラーナは既に限界のようだった。真っ赤な視界に映る真っ赤な少女を見つめて必死に彼はそう叫ぶ。その言葉に、嘘も、偽りもなかった。
ああ。何でだろうって、思った。
ラーナはいつも優しくて、気味が悪いくらい家族思いで、差し伸べられる手はいつも暖かくて、ムカつくぐらい良い奴で、オレたちのことを本当に心から愛してくれていた。
それが分かってるからこそつらかった。
こいつはただ本当に、純粋に、心から家族を救いたがっている。自分の行いを善と信じて疑っていない。死をもたらすことが、家族の幸せになると、本気で思っているんだ。
心から家族を愛していながら家族の命を奪う、正真正銘の、狂人なんだ。
「……………………………ッなんでなんだよ…」
ぽつりと吐き出たロゼの言葉は震えていた。目の前にいるコイツは裏切り者で、頭のおかしい奴で、今ここで殺すべき相手。
だけどそれ以前に、"自分たちを心から愛してくれた優しい兄"でもあった。馬鹿みたいにお人好しで、馬鹿みたいに笑顔が眩しい、そんな奴。
「ッッなあ、っ分かってくれるだろロゼちゃんッ……このゲームに勝ち進んだって、君たちに救いなんてない…ッ願いを叶えたって意味なんてないッ!それなら今ここで死ぬ方が、君の、君たちのためなんだッ…!お願いだ、どうか僕に、殺されて、くれ」
弱々しい声と力でロゼの腕を掴むラーナ。びくりとロゼの肩が震えるも、出血が酷すぎるせいか、既にラーナの手にはマトモに力も入っておらず、それは容易く振り解けた。
今ここでコイツを殺すわけにはいかない。自分のためにも、イソラやミヤ…ルーナにチェカのためにも、できる限り情報を吐かせて、みんなに伝えなきゃ行けない。
……………けど。
今にも死にそうな顔で、必死に懇願する血みどろの兄を見て。苦しそうに、辛そうに呻く彼を見て。ロゼの心と視界が大きく揺らぐ。
この孤児院にやって来て自分はまだそんなに日は経っていない。…でもだからといってここの家族に情がないはずがなく。目の前の男も、例外ではなく。
「………もう、いいよ」
絞り出すような声でロゼがそう言った。段々と話すこともままならなくなっていくラーナを前に、ロゼはカタカタと震える手でぎゅっと破片を握り直す。
もう、いい。もう嫌だ。これ以上こいつのこんな姿見たくない、これ以上、こいつを、傷つけたくも、苦しめたくも 、ない
「おまえがなんていおうが オレは絶対にここから出る。願いを叶えるために止まらない。………おまえの救済なんていらない。だからおまえはもう、何もしなくていいから」
「…ッッぅ、あ"」
そうしてロゼは、ラーナをできる限りの力で思いっきり突き飛ばす。なんの抵抗もなく地面にどちゃりと倒れたラーナは、怯えたような、懇願するような顔で震えながらロゼを見る。
「………ッだめだ、嫌だ…僕はまだ、死ぬ訳には行かない、みんなを救えていないのに、まだ君を、救えて、」
彼は今この瞬間、確かに死を恐れていた。
ああ。そんな顔するなよ。お前はサイテーな奴で、裏切り者で、殺されるべき奴なはずなのに。どうしようもないゴミクズ野郎でいてくれればいいのに。
なんで、そんな顔、するんだよ。死ぬのが怖いだなんて、ふざけるなよ。どうして最後まで、救いようのないクズでいてくれないんだ。どうして最後まで、そんな人間らしい顔するんだよ。心から、恨んで、憎ませてくれればずっとずっと楽なのに。
どうして最後まで、家族思いな優しい兄だったお前の姿を、忘れさせてくれないんだよ
「ッッぅああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!」
まとわりつく優しい記憶を振り払うように大きく叫びながら、ロゼは握りしめた破片をラーナの心臓へと突き刺した。
「__…ッッッぁ" が、…、"………」
ガポ、と血を吐き出した。こちらへ伸ばされた手に見て見ぬふりをして。溢れそうになる涙に気づかないフリをして。
これ以上コイツが苦しまないように。これ以上コイツが痛い思いをしないように。1回で、死ねるように、深く、強く。
息の根が、止まるまで。びくりと動くからだが、止まるまで。心臓の動きが、止まるまで。生暖かい血がロゼを汚す
………………そうしてやがて、目の前の兄は 何も音を出さなくなった。命が潰れる感触が生々しかった。
『______あーあ。えらくベラベラと喋ってくれたもんだね。彼ならこのゲームをもっともっと盛り上げてくれるかと思ったのに』
キィンと甲高い音が鳴り響く。込み上げてくる感情に任せて血だらけの破片を投げ捨てた。
『…まぁ十分楽しませてくれた方だよね よく頑張りました、ラーナくん!なんてね、あはは。』
『………さて。これにてゲームは終了 おめでとう!そしてお疲れ様、ロゼちゃん』
耳障りな笑い声が血腥い部屋中に響き渡る。
ロゼの頬に伝ったそれが涙なのか血なのかは、誰にもわからなかった。
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
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