✝︎
あれは、あの子にとっては大きな決断だったと思う
自分の意思でハッキリと選んだんだから、そこに間違いなんてないと思う。
勿論正解なんてわからない。…それでも確かに、……そう思ったから。
誰も先の未来のことなんてわからないんだよ。
…貴方のせいじゃない。
✝︎
朝、目を覚ましてからというものの、アシュはベッドから出ることなくずっとシーツの中にくるまって震えていた。
昨夜受けた宣告は殆ど死刑宣告にも近しいものだった。何人もの家族の命を奪い、正気を奪った地獄のゲームに、遂に自分も選ばれてしまったのだ。怖くて、怖くて、仕方がなかった。
昨日。壊れてしまったニコラスの姿を見てから、アシュはえも言われぬ恐怖に苛まれていた。
自分たちは、願いを叶えるためにこの殺し合いをしている。そして、勝ち残った者こそが願いを成就することが出来る。…それなのに、勝利を手にして戻ってきた家族たちはみんな壊れてしまった。
傷が深すぎるせいか未だ動けず寝たきりのロゼ。目の前で潰えた命を見たことで心を病めてしまったルーナ。大切な人を、図らずとも自分の手で死へと導き絶望に壊れたニコラス。
あんな姿を見せられて、恐怖を感じないはずがない。例え勝利を収めたところできっと自分も彼らのように壊れてしまうのだろう。かといって死ぬのはもっと怖い。いずれにせよ、先に見えるのは絶望だけだった。
「………ぅ、ッ…ぅう」
アシュは、枕に顔を埋めてすすり泣いた。生憎寝室には誰もいない。泣いてる自分を愛おしそうにからかう人も、優しく寄り添い慰める人も。今この瞬間、アシュは独りだった。
家族を、……ミヤを手に掛けるのは怖い。彼女は自分にとって可愛い妹であり、大切な家族だった。彼女を殺した末に手に入れた勝利など、きっとなんの意味も成さないだろう。
ならば、彼女の手で殺されるか?
考えただけでゾッとした。彼女の姿を思い出しただけで何故か背筋がひやりと凍るような感覚に陥った。天真爛漫でいつも元気なミヤが、自分を殺そうとするかは分からない。…だけど、殺さないという確信もない。
アシュは、ただただ泣いていた。泣いたところで誰も助けてくれないし、救いなんてないことは分かってる。だけど、心の底から湧き上がる恐怖を前に、正気でいられるはずがなかった。
……そんなアシュがくるまるシーツを、突然誰かがバサりと剥ぎ取った。
「ッぅ、わっ…?!」
突然の出来事への驚きと、眩しい朝日の眩しさに咄嗟に目を瞑る。パチパチと目を瞬かせながら、恐る恐る顔を上げると
「…ッぁ、」
アシュを見下ろすように立っていたのはミヤだった。自分と同じ金色の髪と、真っ赤な瞳で、彼女はじっとアシュを見つめていた。今一番会いたくなかった少女の姿を見て、アシュはガタガタと小さく震える。
「…み、…ミヤ、どうして、戻ってきたの…?」
アシュは怯えを隠すことなくそう言った。しかしアシュの想像に反して、ミヤはいつもの明るい口調で笑った。
「アシュくんがお寝坊さんだから起こしに来たの!今日ゲームの日でしょ?寝過ごしちゃったら大変だと思って」
明るい声で、残酷な現実を突きつけるミヤ。きっとそこに悪意は無いだろうが、アシュは更に震えるだけだった。
「っわ、わかってるよ!でも、ッ…何でミヤはそんなに普通でいられるの?!おれたち、殺し合うんでしょ!?」
言葉は震えたままに大声でアシュが叫んだ。その言葉にミヤも驚いたような顔をするが、少しの沈黙の後、彼女は言う。
「普通じゃないよ」
「………ぇ?」
ミヤは小さく、落ち着いた声でそう言った。そして呆気に取られたアシュの耳元で、告げる。
「でもね、アシュくん。このゲームでは殺さないと殺されるんだよ。だから怯えてちゃダメ。………アシュくんは、ミヤを殺さないといけないの。ミヤも、アシュくんを殺さないといけない。」
彼女の声は、どこか冷たかった。アシュはまるで体の芯から冷えるような感覚を味わった。彼が言葉を発する前に、ミヤはにこりと可愛らしい笑みを浮かべた。
「じゃあ、ミヤ先にご飯食べてるね!アシュくんもちゃんと食べるんだよ〜」
そう言ってミヤはタッタッタとその場を走り去った。ぽつんと取り残されたアシュは、未だ震えるからだを押さえつけようと自分の体をぎゅっと抱きしめる。
何故、こんな状況で、彼女は笑っているのだろう。いや、考えなくてもわかる。さっきの彼女の言葉が答えだった。彼女は間違いなく、自分を
「…殺さ、れ、る」
逃れようのない死への恐怖が強まった。
✝︎◆✝︎
朝食を食べ終え、いよいよゲームの開始を待つだけとなった頃。アシュは未だコロシアムの方へ足を進めることが出来ずにいた。自分に纏わり付く死のイメージが離れなかった。
「……いきたく、ない、な」
不安に押しつぶされそうな気持ちを引きずりながら玄関の前にまできたとき。…ふと。向こうの廊下でひかりの姿を見た。
彼は……泣いてるのだろうか?ひかりは両手で顔をごしごしと拭いながら、壁に背を預けしゃがんでいた。怯えを誤魔化すように、アシュは恐る恐るひかりの元へ近づいた。
「……ひかり?」
「!!…アシュ、さん」
驚いた表情でバッと顔を見上げアシュを見たひかりは、ごしごしと乱雑に目を拭い立ち上がった。
「ごめんなさい、どうしましたか?」
「それはこっちのセリフだよ、ひかり…泣いてたでしょ…?」
「いえ……大したことではないんです。家族のみんなのことを思い出していただけで…」
「本当に…?無理してない?」
「本当ですよ、心配かけてごめんなさい」
ひかりはそう言って下手くそに笑った。その笑顔を見て、励ましに来たはずの自分が逆に励まされたような気分だった。ひかりのおかげでほんの少しだけ恐怖が和らいだ。
「……アシュさん、もうすぐゲーム…ですよね?」
「ぁ、……うん、…そう」
ひかりの問いによってアシュは現実に引き戻される。そろそろアーテルからのアナウンスが入る頃だろうか。このままここに居れたらどんなにいいだろうと考えながら、アシュは俯いた。
するとひかりが少し目線をさまよわせた後、アシュの両手をぎゅっと握って言った。
「…大丈夫です、アシュさん。アシュさんも、ミヤさんも、………きっと無事に帰って来れますから」
その声は優しくて、穏やかで、何一つ惑いの無い言葉だった。彼の手の温もりも相まってアシュの心は幾分か落ち着いた。実際無事で帰って来れる保証なんてどこにも無かったが、今はその言葉だけで十分だった。
「……………うん、うん。ありがとうひかり、おれ、……頑張るね」
「…はい、応援してます」
ひかりの手をぎゅっと握り返すと、彼はにこりと微笑んだ。じんわりと熱を持つ目を誤魔化すように、アシュもへにゃりと笑って見せた。
『ハーーイ、みんなおはよう〜!そろそろゲームの時間が近づいてるからお知らせに来たよ!アシュくん、ミヤちゃん、準備はいーい?』
キィンというノイズと共にアーテルが現れた。彼の声を聞くだけで恐怖で崩れそうになるが、目の前にいるひかりが手を握ってくれていたおかげで、何とかそうならずにいられた。
『ミヤちゃんは先に行ってるみたいだね〜、アシュくんも遅刻せずに向かってね!じゃ、コロシアムで待ってるよぉ』
そう言ってプツンと音が途切れた。姿が見えないと思っていたミヤはやはり先に向かっていたようだった。
「…じゃ、あ…、行ってくるよ、ひかり」
そう言って名残惜しそうにアシュはひかりの手を離し背を向けた。バクバクとうるさい心臓の音を聞きながら、アシュは外への扉を開いた。
「………きっと、…大丈夫、です」
ひかりのその呟きは、扉が閉まる音によって掻き消された。
✝︎◆✝︎◆✝︎
「あ!きたー!遅かったねアシュくん!」
「み、ミヤ……ごめん、ちょっと話してて……」
コロシアムの前まで来ると、案の定ミヤが地面に座って待っていた。彼女は相変わらず天真爛漫な笑みを自分に向ける。
『よーし2人とも揃ったみたいだね〜。中に入ったら真ん中らへんに立ってね!それじゃあご案内〜』
ゴゴゴ、という音を立てて門が開いた。その威圧感にごくりと唾を飲み込む。
恐る恐る門を潜り中へと進むと、そこは何も無い殺風景なコロシアムだった。やっぱりあのゴミの世界とコロシアムの中は別の空間なのだろうか?
「広いね〜!真ん中ってここでいいのかな?」
「わ、ちょっと、走ると危ないよミヤ…!」
彼女に手を引かれアーテルの指示通りの場所に待機する。
『準備完了だね!それじゃあ2人とも、衝撃に備えて〜』
彼の合図とともに、視界が歪み、頭痛が走り、その世界は姿かたちを変える。魔法みたいなソレに感動する暇もなく、世界はやがてあの場所へと移り変わる。
『…さて、もう言わなくてもわかると思うけど。ここが君たちの記憶を元に作られたゴミの世界……この場所でどうやり合うかは全て君たちの自由だ!ボクは観察に移るから、あとは好きにしてもらっていいからね』
早々とそう告げてアーテルはいなくなった。そしてミヤも、アシュの手をパッと離し、けるりとこちらへ振り向いて笑った。
「じゃあ、ミヤは武器でも探すね!次会うときは殺し合う時かな?アシュくんも頑張ってね!」
「ッ…ぁ、ミヤ、」
無邪気な笑みでそんなことを告げて彼女はその場を立ち去った。彼女が何を考えているかなんでさっぱり分からない。怖じることも無く真っ直ぐに殺意を向けられた事でアシュの足が竦む。…しかし、この場所に留まっていたところで意味などないだろう。
アシュもまた、ぎゅっと拳を握りしめ、勇気をだして街の中へと進んで行った。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
モニターで見た通りだ。街はおれがゴミの世界で暮らしていた時から何も変わってなくて、どこもかしこもボロボロで、寂しかった。自分が捨てられた時と全く変わっていない。
「…武器、って言ったって、…どうしたらいいんだよ………」
勿論全くもって乗り気なんかじゃない。この場所にいい思い出はないし、それに…今のおれにはまだ、ミヤを殺す覚悟ができていない。でも、何もしないでいるわけにもいかなくて…。
「………嫌だなあ、…こんなの、したくないなあ」
ぽつりと弱音を吐いたら、色んな感情が湧き上がってきて、すっごく泣きたくなってくる。だけどすぐにぶんぶんと顔を振った。
泣いちゃダメだ。弱音を吐いちゃダメだ。弱いままじゃだめなんだ、おれは強くならないといけないんだ。そう自分に言い聞かせるようにして、大きく深呼吸した。
「……とりあえず、何か探そう」
そうしておれは街を歩き回った。武器になりそうなものならそこら中に落ちていた。だけど…そんなガラクタ如きでまともに戦えるのかと言われると、正直自信がなかった。
だから、歩いて、歩いて、歩き回った。今までにないくらい、沢山沢山歩き回った。生きるために、一生懸命。…そしたら、突然ガサッていう大きな音がした。
「っ?!……だれか、いる?」
ミヤが来たのかも。だとしたら危ない。そう思って咄嗟に物陰に隠れたおれは、バレないように、こっそりとその路地の方を覗き込んだ。
だけどそこにいたのは、ミヤじゃなかった。
真っ黒い大きな人の形をした影が、小さな人影を引きずり歩いている様子だった。
あまりの異様な光景に息を飲む。逃げたら良かったんだろうけど、おれはその光景から……目を離せなかった。
大きな影は小さい影を引きずった後、近くにあったゴミの中へと乱雑に投げ捨てた。まるでゴミを捨てるみたいに。
そして影は、吐き捨てるように、言った。
『螳檎挑縺ェ莠コ髢謎サ・螟悶?√%縺ョ螳カ縺ォ縺ッ隕√i縺ェ縺??縺?』
そう告げたあと、大きな影は向こうへと消えていった。残された小さな影は、動くこともせず、まるで死んだみたいだった。
………言葉なんてわからなかった。だけどおれは確かにこの光景を知っていた。
全てはおれが弱いから。運動も出来なくて、勉強も出来なくて。どんなにどんなに頑張っても、走れば肺が苦しくなって、勉強だってうまくいかなくて。どう足掻いても絶対に兄ちゃん達を超えることが出来なくて。
おれは完璧じゃなかったから。出来損ないだったから。だからおれは、あの時
「捨てられ、た」
昔のことはあまり覚えてない。だけどおれは、おれは絶対に強くならなきゃいけないんだ。
おれを捨てたあいつらを見返す為に。
その為には、今この場所で、彼女を、……。
「………強くならなきゃ」
……手のひらには、1本のナイフが握られていた。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
武器を探した。
ガラスの破片や鉄くず、パイプや瓦礫の破片……そんな感じのものは沢山落ちてた。
だけどどこにも正当な武器として使えるものが無かった。
ミヤはナイフの扱いが得意だった。だからナイフを探した。
でもどこにも無いの。ナイフだけじゃない、武器になりそうなもの、何一つ。
ミヤは、アシュくんのこと、殺さなきゃいけないのに。
……前に、モニターでロゼちゃんとエスピダくんのゲームを見てた時。2人はいつの間にか武器を持ってた。
もしかしたら、ミヤが何かしたら、あの二人の時みたいに武器が出てくるんじゃないかって思ったけど
…何も出てこなかった。どうしたらいいか分からなかった。
だってミヤは、ミヤは、……。
「……………」
何でなのか、なんて。…本当は分かってる。合ってるかはわかんないけど、多分。ミヤが原因なんだろうなって。
だからミヤは、近くにあったガラスの破片を手に取った。
「あとは、アシュくんに会うだけ」
彼を、待つだけ。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
アシュはナイフを片手に街を歩いていた。どうやら覚悟が決まったのだろう、自分の願いを叶えるため、強くなるため……その為にしなければ行けないことがある。先程とは違う、確かな足取りで、彼はミヤを探していた。
「…ミヤもきっと、おれのこと本気で殺しにくるんだろうな」
そう考えると少し怖くなる。…だけど、ここで弱気でいちゃダメだ。弱い姿を見せちゃだめだ。じゃないときっと、ミヤに全部バレてしまう。
辺りを警戒しながら、アシュはミヤの姿を探した。ナイフを握る手は震えていなかった。彼の目に迷いはなかった。彼は、願いを叶えるために、突き進んでいた。
「……っあ、」
ふと。先に見える瓦礫の近くに、1人の少女の姿が見えた。だけどそれがあまりにも予想外な姿だったから、アシュは動揺でよろける。
「…ミ、ヤ?」
ミヤは、瓦礫の上で、無防備に眠っていた。死んでいるのかとも思ったが、もしそうなら恐らくアーテルのアナウンスが入るはず。そうじゃないのだとすれば、あれは……寝たフリなのだろうか?
そう思って警戒するも、どうやらミヤがこちらに気づいている様子はない。彼女は全く動かなかった。
アシュは気配を消して、恐る恐る彼女の元へ近づく。途中何度も瓦礫が踏む音がしても、ミヤが目を覚ます気配はなかった。
「(……ほんとに、寝てる?)」
彼女の前まで来て。顔を覗き込んでみると、ミヤは目を瞑り小さな寝息をあげているだけだった。自分が目の前にいるにも関わらず、彼女は微動だにしなかった。
彼女に手に武器はない。起きる様子もない。自分の手にはナイフが1本。……無論、こんな絶好のチャンスを逃してはいけない。
アシュは、ぎゅっと両手でナイフを握る。
人を殺したことなんてない。だけどどんな生き物も、心臓を突いてしまえばすぐに死んでしまうことを分かってる。
ナイフを彼女の心臓部分へ向ける。
あとは、振り下ろすだけ。
大丈夫、おれならやれる。
もう出来損ないなんかじゃない。おれだって出来るってことを、ここで証明するんだ。
ナイフを持った手を、勢いよく振り下げる。
これで、全部終わる。
__
***
「アシュくんアシュくん!ミヤの髪また解けちゃった、結んで〜!」
「っえーーまた!?さっき結んであげたばっかなのに!」
カラカラと笑う可愛い妹。ぼくと同じ金色の髪を揺らしながら、無邪気にこっちへ走ってくる。
「えへへ〜遊んでたら解けちゃった!」
「しょうがないなあ…座って、結んであげる」
「やったー!」
彼女の綺麗な髪を可愛らしく編んでいく。そうすると彼女は嬉しそうに、楽しそうにキャッキャと笑う。
「アシュくんすっごく器用で素敵ー!ね、ミヤもアシュくんの髪三つ編みしていい?」
「っえ、ぼく…じゃなくて、おれの?!」
「うん!だめ?」
「いいけど……ミヤ、三つ編みできるの?」
「できない!」
「ええ………」
そう言いながら、彼女はぼくの後ろに回って、不器用な手つきでぼくの髪を編み込んでいく。
「こうかな…?あれれっ?こう?」
「痛っ!ミヤ!ちょっと痛い!」
「あれっ?ごめんね!」
そうして数分の時間が経過した時、出来上がったぼくの頭は驚くほどにぐしゃぐしゃだった。
「うーーーん………ミヤ、これは三つ編みじゃないよ…」
「てへ…でもミヤ頑張ったよ!」
「…ふふっ、そうだね、ありがとうミヤ」
「えへん!」
そう褒めてあげれば、彼女は花が咲いたみたいに満面の笑みで笑ってくれた。
それが嬉しくて、ぼくも一緒に笑ったんだ。
*****
……ああ。
そんなの
「………………………殺せるわけ、無い、よ…」
視界が滲んでよく見えない。持っていたはずのナイフはいつの間にか消えてしまっていた。溢れる涙が止まらなくて、子供のようにアシュは泣きじゃくる。
アシュにとって、ここの家族は本当に大切な存在だった。本物の家族なんかよりも暖かくて、優しくて、皆が自分を愛してくれて、みんなが自分を受け入れてくれる。
そんな大好きな家族を殺してまで手に入れるモノなんて、なんの価値があるのだろう?
1番大切なものを壊してまで、手に入れるモノなんて、なんの意味があるのだろう?
どうしてこんな事を今思い出したのか分からない。決めたはずの覚悟はとうに崩れてしまっていた。
そんな時 突然、ミヤがバチッと目を開いた。
「!ミ、……ッや!?!」
ミヤは、アシュを思い切り突き飛ばし彼に馬乗りになった。そしてミヤは、手に握り隠していたガラスの破片をアシュの首元へ構える。
ミヤは、光の無い瞳でアシュを見つめながら、感情の消えた声で問う。
「………アシュくん、何でミヤのこと殺さなかったの?ミヤ、別に反撃する気なんてなかったよ?殺そうと思えば、殺せたでしょ?」
そしてその問いに、アシュは嗚咽を上げながらも必死に答える。
「……殺そう、って、思ったよ、…でも、出来なかった………ミヤが、ぼくにとって大事な家族だから…、ッ大好きな、家族だったから…!」
そう言って彼はまた泣いた。両手で顔を覆って、大粒の涙を流して。構えたガラスの破片はそのままに、ミヤはそれをじっと見ていた。
「………それが、本当の、想い?ミヤが、大切だから?」
ミヤが言う。
「…そうだよ……そうだよッ…殺すなんて、出来るもんか!!」
アシュが泣き叫ぶ。
「…そう。わかった。」
そう言って、ミヤは両手で破片を持ち直し、思い切り振り上げた。
キラリと光る破片が眩しくてアシュが目を細める。
ああ、きっと彼女は自分を殺すんだろうな。
でも、それでもいいか。
大切な家族を、殺さなくて済むんだから。
そうしてミヤは、振り上げたガラスの破片を、迷いなく そのまま、
…………………地面へ落とした。
「………っへ?」
困惑と動揺の目でミヤを見つめる。ミヤはそのままふぅ、と大きく深呼吸をしたあと、叫んだ。
「…ミヤは、ミヤは殺し合いなんてしない!!今ここで、[救済ルール]を使う!!」
アシュは、大きく目を見開いた。彼女の宣言と同時に、ぐらりと、世界が歪み始める。そして、ジジジッというノイズとと共に、告げられる。
『_____……救済ルールの使用を確認。ゲーム終了』
アーテルの言葉と共に、崩れ落ちていくゴミの世界がじわじわ元の姿へと戻っていった。…………今この瞬間、地獄が終わった。
✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎
「…!!っ本当に帰ってきた!」
イソラが指を指した先には、ミヤとアシュが2人手を繋いで平原の中こちらへ向かってきている姿があった。2人は傷一つなく、無事に戻ってきた。
「ッミヤ、アシュ!」
セシリアが、2人の元へ駆け出し飛びついた。よろけないように踏ん張って、アシュとミヤはセシリアを受け止めた。
「よかった、よかった…っ本当に戻ってこれるなんて…!」
「あははっセシリア、苦しいよ〜!」
「もう!どうしてあんな怖いことしたのミヤちゃん!」
「ごめんねイソラ〜」
イソラとセシリアがミヤとアシュを囲み無事を喜んだ。そこへラーナがやって来て、心底感心したように言う。
「すごいよミヤちゃん、救済ルールのこと覚えてたんだ」
「うん、ミヤもね、……家族のみんなと、アシュくんのこと、大事だったから。絶対、殺したくなかったの」
彼女はそう言ってアシュの方を向き直して微笑んだ。照れ隠しか、アシュは泣き腫れて真っ赤になった目を隠すように目を伏せた。
「……ミヤね、アシュくんのこと試したんだ。アシュくんがミヤを殺そうとするなら、ミヤもアシュくんのこと殺そうと思ってた。……でも、アシュくん、ミヤのこと大事な家族って言ってくれた。…だから、こうしたの」
彼女の微笑みは今までに見たことがないくらい穏やかだった。その瞳を真っ直ぐみることが出来なくて、アシュはぎこちなく目をそらす。
「…でもおれ、最初はミヤのこと殺そうとしたんだよ」
「そんなの関係ないよ、ミヤだって一緒だもん」
そう言ってミヤは、アシュの全てを受け入れてくれた。それが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。アシュはきゅっとミヤの手を握りしめた。
「本当に無事で安心しました」
「!ひかり!」
光の姿を見て、アシュはパッと目を輝かせた。ひかりは心底安堵したような表情で、嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、…ひかりも、待っててくれたんだな」
「はい!…約束、しましたから」
てっぺんに昇った太陽は、子供たちをキラキラと照らしていた。誰も傷つくことなく戻ってこれた。誰も死なずに生きて帰ってきた。その喜びを祝福するように、明るく。
「よし、じゃあ家の中に戻ろう!2人もきっと疲れてるだろうからね」
「ミヤ緊張してすっごくお腹すいちゃった…」
「ふふっシスターがお昼作ってくれてるよ、一緒に食べよ!アシュくんも!」
「…えへへ、うんっ」
子供たちは和気あいあいとそんな話をしながら家の中へと入っていった。家の中はあのゴミの世界よりもずっと明るくて、暖かくて、本当に帰ってこれたのだという実感がふつふつと湧き上がってくる。
ラーナとひかりがアシュを連れ、イソラとセシリアがミヤを連れ、家族みんなでリビングへと向かおうと歩くと
__________キィン。
甲高いノイズ音が響き渡った。
先程までの幸せをぶち壊すように、悪魔が言った。
『___まだ終わってないよ、2人とも』
「………………ぇ?」
安堵が、恐怖へと塗り替えられる。あんなに幸せだった世界が、いつの間にやら地獄へと転じていた。アシュは、掠れた声で、そう呟いた。
『それじゃあ、救済ルールについての説明を行おうか』
アーテルがそう言うと同時、どこからともなくガシャン、という音がしたと思えば、アシュの天井から何かが降ってきた。
『そいつは"救済スイッチ"て言ってね、そのボタンを押すことで自分の手を汚すことなく相手の息の根を止める為のものなんだ。スイッチは1個だけ、救済宣言を下された側が受け取ることが出来る』
アシュはそのスイッチを手にして、絶望する。つまり、アーテルの言葉通りだとすれば、自分は、このボタン1つで、ミヤの命を奪えると、いうこと?
その話を聞いて、先に声を荒らげたのはミヤだった。
「ッどうして?!話が違う!!救済ルールを使えばみんな無事でいれるって、誰も傷つかずに済むって!そう言ったのに!」
「どういうことなの、ひかりくん!!」
「……っへ?」
ミヤがそう叫んだ。アシュは、驚いたようにバッとひかりの方を向く。…対するひかりは、顔を真っ青して、信じられないといった様子で震えていた。
「ど、ういうこと?ひかり、」
「…ぇっ…?ち、違います、だって、だって救済ルールは、お互いの命を救うためのモノ、だって、?」
ひかりの様子からするに、恐らく彼もこの事については知らなかったのだろう。いや、しかし。なぜ彼がそんな事を?そもそも、どうしてミヤは、ひかりの名を?
「あの時ミヤに教えてくれたでしょ、救済ルールの使い方!!なのに、どうしてこんな事になってるの!?答えてよ!」
「や、ぁ、ちが、僕は、僕は何もっ、」
ミヤは、ひかりの服を掴んでそう叫んだ。…何が何だか、わからなかった。
『アハ。ひかりくんがソレを誰に聞いたのか知らないケドさあ…2人とも無事〜なんてそんなルール許すわけないだろ?願いが叶うのは"生き残りのただ1人"なんだから。少なくとも誰かは絶対に死んでもらわなきゃ困っちゃうよ〜』
アーテルは陽気な声でそう笑った。それを聞いてひかりは絶句した。ミヤもまた、動揺を隠せない様子でいた。
『まぁでもそのスイッチを押されて死んだ奴は痛みも苦しみも感じることなく、本当に"解放"されるんだ。それこそまさに救済ってヤツでしょ?ボクの優しさに感謝してほしいよねぇ』
こいつは、何を言っているのだろう。
このスイッチを押せば、ミヤは、死ぬ。死ぬ事が、解放だと?それが、救済だと?アイツにとって、これが優しさだと?
「…っおかし、いよ、こんなの、意味ないじゃないかっ……おれは結局、ミヤのこと、殺さないといけない、の?」
アシュは、胸元をぎゅっと抑えて泣いた。大切な家族を、大好きな家族を殺したくない。それなのに今、どうして自分の手に、ミヤの命が握られているのだろう
『あぁ、押さない…なんてのはナシだよ。五分以内に決めなければボクから直々君たち2人を殺すから。…だからやめて欲しかったんだよ〜このルールを使うの…そんなことになったら本当につまんないから、2人ともさっさと決めてね〜』
地獄の上塗り。どちらにせよこのボタンを押さなければ、ミヤだけでなく、自分も死んでしまうのだということ。
「…や、だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ……こんなの、嫌だ、よ」
悲痛な叫びを上げたとて、状況は何も変わらない。それでもアシュは、嘆くことしか出来なかった。
やっとの思いで掴み取った救済が、まさか地獄へ落ちる片道切符だったなんて。そんなモノ、誰が予想できただろうか?今しがた地獄の底へと落とされたアシュとミヤを前に、その場にいた子供たちは呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
……しかし。震えるアシュの手を、ミヤがそっと優しく包み込んだ。
「……み、や?」
泣き濡らした瞳でミヤを見る。滲んだ視界ではよく見えないが、ミヤは、優しく微笑んでいた。
そうして彼女は、アシュの手から無理やりスイッチを奪った。
「っ!?な、にするっ、」
「ミヤのこと大事な家族だって、大好きだって言ってくれた人に、ミヤを殺させたくない」
「っえ、」
ミヤはスイッチを両手に握りしめ、慈愛に満ち溢れた顔で笑う。
「……アシュくんに、ミヤのこと殺させたりしないよ。アシュくんを、人殺しになんてさせない。手を汚したりさせない。……汚れるのは、…死ぬのは、ミヤだけでいいから」
1歩、彼女がアシュから距離をとる。
「ま、待って、ダメだよミヤ、そんなことしたらッ」
「そう、だよミヤ、お願いやめてっ!」
アシュがミヤへ手を伸ばす。セシリアもまた、ミヤへと懇願する。
「……ミヤね、ここに拾われる前は…ずっとたくさんの人を殺してきたの。自分が生きるためにたくさん殺して、…ずっとそれが普通だと思ってた」
「でもね、ここに来てから…みんなと出会ってから、愛を知ったの。人の大切さを知った、人のあたたかさを知った。」
「愛が何かわからなかった。とっても怖くて、苦しかった。…だけど、もしみんなが、……アシュくんが与えてくれたモノが"愛"なら、ミヤ…もう十分しあわせだから」
「愛を教えてくれてありがとう、幸せを教えてくれてありがとう。最後に、誰も殺さなくてよかった。アシュくんが人殺しにならなくてよかった。本当にありがとう、ばいばい、みんな」
「嫌だ、やめて、ミヤっっ!!!!」
アシュが手を伸ばした。
ミヤは、迷うことなく、ボタンを押した。
そして
__パンッ。
何かが、破裂する音がした。
……もう寂しくない。もう怖くない。もう、悲しくない。寒くない。苦しくないよ。
……愛を知ったお人形は、大切な家族の沢山な愛情の中で、その人生に終幕を降ろすのだった。
_____
……
……あれ?
確かに、ボタンは、押した。
それなら、どうして、ミヤ、
__ど こ も、 痛 く ない の ?
ミヤは、固く瞑っていた目を開いた
彼女が見たものは
「__________?」
大量の血を吐き出して倒れる、アシュだった。
「…………ぇ?」
ボタンはしっかり押されている。だけど目の前の床を血に濡らして倒れているのは、ミヤじゃなくて、
「ぁ シュ くん 、 ?」
『_______________っぷ、あははははははははははははっ傑作だよその顔〜!!』
アーテルは、堪えていた笑いを吹き出すように大きな声でゲラゲラと笑った。ミヤは、血みどろの床にどしゃりと膝をついた。
「…………何 で?だってミヤ ミヤが、押した のに」
『あれ、おかしいなあ。ボク、"そのボタンを押せばミヤちゃんが死ぬ"、なんて一言も言ってないよ』
「……………………………ぇ?」
『ボクはそのボタンを押せば"相手"の息の根を止めることが出来るとしか言っていない。…そのスイッチはね、"押した側"が"相手"の命を奪うことが出来るスイッチなんだ』
何を言ってるのか分からない。
『スイッチの最初の所持権が救済宣言を受けた側にあるだけ。その後スイッチを奪おうがどうしようがは君たちの自由だし、いずれにせよこれも1つの結果だよねえ』
それじゃあ、ミヤは、ミヤが、アシュくんを
『薄っぺらい感情に任せて君がソレを奪いさえしなければ、君がそのボタンを押しさえしなければ、君が望んだ通り、アシュくんは今もここで生きていたのにね』
『おめでとう、ミヤちゃん』
『アシュくんを殺した 君こそがこのゲームの勝者だ!!』
「………………ぅ、ぅう」
「うううううううぅぅぅ、」
「ぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあ"ぁあ"ぁああああぁッ………!!!!」
ミヤは、真っ白な服が、黄金色の髪が血で汚れることも構わず、目の前でぴくりとも動かなくなったアシュの手を握りしめ号哭の声を上げる。悲しみや、憎しみ、後悔、ありとあらゆる負の感情が込められたような悲鳴を上げる。
ミヤが救おうとした命が、たった今、彼女の慈愛による行動の末果てた。心臓が破裂したのであろうアシュが動くことは決してない。虚ろな瞳を閉ざさぬまま、彼は地へと横たわっている。
愛されたかったお人形。愛を知ったお人形。もう誰も殺したくないと嘆いた小さな貴方。
結局彼女の手は、血で汚れたままだった。
『___ァハハ。ゲーム終了、お疲れ様 ミヤちゃん』
悪魔が笑う、どこまでも愉快に楽しげに。
✂︎---+¿+¿+¿+---✂︎
___めが覚めた。
この場所はまるで水の中みたいにふわふわで、ふしぎな感覚だった。
これはなんだろう?ゆめをみてるのかな…?
とってもあたたかくて、魚になったみたいで、心地いい。
(……?)
突然、ぼくの前に大きな大きな魚の影が現れた。
大きな魚は、仲間の魚と何かを話したあと、ゆっくりとこっちに近づいてきて…
そして、ぼくの近くにあった長い糸を、その大きな手で引きちりはじめた。
(やめて、やめて、やめて、やめて)
(嫌だ、嫌だ、しにたくない)
大きな声で叫ぼうとしても、がぽがぽと泡が出るだけ。手を伸ばそうとしても、透明な壁が邪魔で動けない。
そして、大きな魚が、最後の1本の糸を引きちぎる時。
ぼくの目の前に、真っ黒な魚がやってきて、優しく笑って言った。
「___、____。」
そしてそのままプツンと 糸が、切れた。
<NEXT>
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
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