✝︎
あの子たちは無垢だった
互いを愛し、互いを想っていた。
人を愛することは、悪いことなんかじゃない。
だから、あの子がした事は何も悪くないんだよ。
…悪いのは、全部全部、この世界だから。
どうか、本当のエデンで、また。
✞
朝。普段ならば誰よりも寝坊助で誰よりも寝起きが悪かったはずのパロディの姿がどこにも見当たらなかった。未だ小さく寝息を立てる者がいる中に、彼の姿は無かった。
昨夜アーテルによって中断されたパロディとの会話。そして彼によって弾かれた手。あの出来事が気がかりで仕方の無いニコラスは、そわそわと落ち着かぬ様子で寝室を後にする。
1階に降りたニコラスは至る所を探し回った。リビング、キッチン、廊下、物置部屋、トイレ、バスルーム…しかしその何処にもパロディはいなかった。
元々彼はどこかふわふわとしていて手を離せば居なくなってしまいそうな、そんな存在だった。それでも今の今までこんな気持ちにならずにいれたのは、何も言わずとも彼が、常に自分の傍に居てくれたから。彼の手を、繋いだままであれたから。
あの時、初めて彼から受けた強い拒絶。自分の手を自ら弾き飛び出したパロディは、このまま本当に自分の傍から居なくなってしまうのではないか。今のニコラスにとって、そう思わずにはいられなかった。胸を締め付けるこのざわざわとした気持ちが何なのか、ニコラスにはわからなかった。
「……あ。」
そういえば。この孤児院内にも、唯一マトモに足を踏み入れたことがない場所がある。ふとそんな事を思い出して、ニコラスはとあるひとつの部屋の扉前で立ち止まる。
部屋の前はとても静かだった。最も、まだ朝が早いということもあるし当然といえば当然なのだが。人の部屋の中を勝手に踏み入ろうなんて些か常識に掛けている気がするが、考えつく限りの場所は探した。後はもう、ここしかない。
その部屋はサビクとチェカの2人の部屋だった。パロディとサビクの仲が良かったことを知っているニコラスは、サビクならばパロディの様子を気にして自室に泊めているのではないかと思ったのだ。
そっと息を潜めて音を聞く。扉の先から声は聞こえない。しかし人の気配は確かに存在する。……パロディは、そこに、いるのだろうか?
恐る恐る扉の取ってに手をかける。鍵はかかっていないようで、少し引いてしまえば簡単に開くようになっていた。
ニコラスは、後ろめたい気持ちと…パロディを想う気持ちとの間で、ついぞ扉を引こうと力を入れる。
扉がギィ、と音を立て僅かに開いた時
「ニコ」
ふと、静かな声と共に背後から自分の服をくいっと引っ張られニコラスの肩がびくりとはねる。恐る恐る振り返ると、そこには
「朝ごはん、できたよ」
自分の身長よりも低い位置で、真っ直ぐ自分を見上げたその人物はチェカだった。彼女は特に不思議そうにするでもなく、淡々とそう告げて小首を傾げた。
「いかないの?」
「っいえ。行きましょうか、チェカ」
ニコラスはにこりと優しい笑みを浮かべると、チェカの小さなその手をぎゅっと握り彼女を連れ来た道を戻って行く。
「チェカ達のお部屋に何か用だったの?」
純新無垢な瞳でチェカがそう尋ねた。人の部屋に無断で入ろうとした後ろめたさか、ニコラスはバツが悪そうに微笑む。
「サビクが起きませんでしたから、モーニングコールでもして差し上げようかと」
なんて冗談めかして言うものの、チェカは ふーん、とどこか上の空の様子で反応した。
「………サビクね、今とっても疲れてるみたいなの。眠たくてしんどいっていってたから、起こさないでほしいな」
「おや…そうだったんですか…それは失礼しました」
ニコラスの方を見ることはせず、チェカはそう話した。…チェカの様子は少し変だったが、あの部屋にパロディがいないということは彼女の話し方で何となく察した。今のニコラスにとっては、それが分かっただけで十分だった。
「ニコ、今日…ゲームの日でしょ?いっぱい食べて、早く行ってあげてね」
……"早く行ってあげて"?チェカのその言葉に何か引っ掛かりを感じた。まるで何かを知っているかのような口ぶりの彼女に違和感を覚え、彼女に問いかけようとする、が
ニコラスが呼びかけるよりも先に、チェカはニコラスの手を離しトタトタと廊下を走って行く。
「っあ、お待ちなさいチェカ!貴方一体何を」
「早くしないと冷めちゃうよー!」
こちらを振り向きぶんぶんと手を振るチェカはいつもの天真爛漫な笑みを向けていた。そうしてタッタと早足に駆け去って行く彼女の背を、ニコラスは呆然と見つめているだけだった。
◆✝︎◆
朝食の時ですらパロディはやって来なかった。パロディだけでなく、何人かの家族達は未だ寝室にこもりっぱなしだという。席はいくつか空いていた。
昨夜から見かけない幼なじみのことが心配で仕方ないのだろう、ニコラスは食事のほとんどを口にしなかった。そんな彼の様子を見て、一人の少女がこそりと彼に声をかける。
「…ね、お兄ちゃん…」
「?…どうしたんですか、ソラ」
「あのね、…ちょっとお話…したいなあって…」
「えぇ、構いませんよ。」
イソラの申し出に、ざわざわとした気持ちを紛らわすが如くニコラスはふわりと優しく微笑んだ。そうして2人はどこか重苦しい雰囲気の食卓を後にした。
「それで…どうしたんです?」
「えっとね、…その、…大した話しじゃないんだけど…ね、」
どこか言いづらそうに言葉を詰まらせるイソラをニコラスは決して急かさない。ただ優しく、穏やかな様子で、彼女が話出すのを待っていた。
それを見て、イソラはどこか緊張した様子で、きょろきょろと視線をさ迷わせた後、くいっとニコラスの服の裾を引っ張った。
イソラの行動を受けて、ニコラスは一瞬きょとんとするものの、すぐに目の前の不安そうな表情をした少女をふわりと抱きしめる。これが、ニコラスとイソラだけの"秘密の合図"だった。
彼女の背を優しく撫でながら、子をあやすような落ち着いた声でニコラスが笑う。
「ふふ、どうしたんです?今日は一段と甘えん坊ですね ソラ」
「もっもう、からかわないでよお兄ちゃん…!!」
そんなやり取りを、互いの心音越しに交わす。
「……あのね、お兄ちゃん…」
「何です?」
暖かなニコラスの体温に幾分か安堵を覚えたのであろうイソラは、先程よりも落ち着いた声色で話す。そして、空いた片手で恐る恐るニコラスの頭を撫でた。
「無理に、笑おうとしなくても…いいんだよ?」
「…え?」
「とってもとっても不安で、どうしようもない時は、無理して笑わなくてもいいんだよ。」
「僕が…不安?」
「うん。心がざわざわって、きゅうってしてる時は、不安でいっぱいになってる時なんだよ」
ニコラスは驚いたように胸の内に収まるイソラの方を見る。イソラが見上げると、2つの月と星色の瞳がばちりと重なり合った。星色の瞳には目を丸くしたニコラスが、月色の瞳にはどこか慈愛を滲ませた表情をするイソラが映っていた。
「……そんな顔しないで。大丈夫だよ、お兄ちゃんは、たった1人のお兄ちゃんだから」
彼女はふっと微笑んでそう言った。それを見て、ぎゅうと胸が締め付けられるような感覚がした。
怪物である自分に、こうも真っ直ぐな愛を向けてくれる少女の姿。太陽のような彼女の優しさを受け、そして、今まで心を締め付けていたモノの正体が分かったことで、ニコラスの心は先程よりも少し軽くなっていた。
「…っふふふ、また救われてしまいましたね」
「えへへ、私役に立てたかなあ」
「ええ、貴方はいつもその眩しい笑顔で沢山の人を救ってくれる」
「もう、大袈裟だよぉ」
窓から差し込む太陽が、クスクスと笑い合う2人をキラキラと照らしていた。穏やかな時の中で、ふとイソラが不安そうに表情を曇らせる。
「…ニコくんにとって、せんせ…ううん。パロくんがどんなに大事な人か…私知ってるよ。……私も2人のこととっても大切な人だと思ってる…の。だから…、…誰も、苦しい思い、してほしくないなあ」
願うように、懇願するように、イソラはそう言った。それはまさしく、どうしようもない現実を前に祈る事しか出来ない無力さを表していた。願うだけ無謀であることなど、今までの出来事を見ていれば分かりきったことだった。
けれど、目の前の少女の願いを否定することなどニコラスには出来なかった。彼はそっとイソラの頬に手を添え、ゆるりと口元を緩ませる。
「大丈夫ですソラ。僕は決してパロを傷つけません。…約束します、こうしてまた貴方を抱きしめると」
"生きて帰ってくる"なんて不確かな約束はできなかった。けれど、彼女が自分にやってくれたように、少しでも彼女の不安を取り除ければいいと思って。ニコラスは笑った。
その笑みが先程のものよりもあまりにも優しいものだから、イソラも釣られるように微笑む。
「…うん、………うん。私、…待ってるよ。お兄ちゃんの事も…パロくんの、ことも」
イソラはほんの少しだけ迷った末にそう言った。これが、何も出来ない自分に唯一出来る精一杯のこと。そう思ったから。
『___〜ァ、アーアー、さて!待ちに待ったゲームの時間がやって来たよ!準備はいいかな?』
キィンという予兆とともに2人だけの空間に槍を刺すが如く現れたアーテルは、意気揚々とした様子でゲームへの移動を促す。
『おや…どうやらパロディくんは既に先に向かってたみたいだねえ、出遅れちゃったね〜ニコラスくん』
それを聞いてニコラスは目を見開く。まさか彼は、朝の時点で既にあの場所に居たのだろうか?自分を避ける為に、自分から、逃げる為に__
「っお、…お兄ちゃん!」
イソラがニコラスの小指をきゅっと握る。それによりハッと意識を引き戻す。少女の"合図"を汲み取り、ニコラスはきゅっとイソラの手を握る。イソラも、弱々しい力でぎゅっと握り返す。
「…ずっとずっと、待ってるから ね」
そう言って彼女は微笑んだ。だから自分も、それに応えるようにきゅっと握る手の力を強めて笑う。
「ええ、勿論です。待っていて下さい ソラ」
『よーし、それじゃあさっさと移動してもらおうかな!向こうで待ってるよ』
名残惜しくもイソラの手を離したニコラスは、そのまま外へと向かって歩いていく。その背を、イソラはずっと見送っていた。
◆✝︎◆✝︎◆
コロシアム前にたどり着くと、そこには確かに見慣れた"彼"の姿があった。こちらを1度も振り向くことなく彼はただ一点を見つめていた。
「ッパロ…!探していたんですよ、何故ここに…」
「!!…ぁ、…あははっやっと来たんやなあ〜ニコ、おれ待ちくたびれたで」
「貴方が一人で行くから…」
そう言ってニコラスが駆け寄り彼の肩に手を置こうとした瞬間、パロディはバッとニコラスから距離を取った。昨夜に続く拒絶を受け、ニコラスは伸ばした手をそのままに固まってしまう。
「っあ、…、いや、…ごめん……」
咄嗟の反応だったのだろうか。パロディはハッとした表情をするも、それ以上ニコラスに何かを言うことは無かった。
『それじゃあ門が開いたら2人とも中央に並んでね〜』
アーテルの合図と共に大きな音を立て門が開いていく。門が完全に開くよりも先にパロディが屈んで早足に中へと入っていった。ニコラスも慌ててそれを追いかける。
『なーんかギスギスした雰囲気だねえ、まぁそういうの嫌いじゃないケドね。真ん中に並んだら早速ゲームを開始するよ!』
パロディは黙って指示通りに指定の場所へと歩く。ニコラスも彼の隣へと並んだ。…相も変わらず2人の間には壁があった。
『準備オッケー!それじゃあ2人とも、衝撃に備えて〜』
その言葉と共に、ぐらりと地面が揺れ、閃光の如く頭に頭痛が走る。そうして見る見るうちに姿を変えていく景色を見て、2人はごくりと唾を飲み込んだ。
『それじゃあ皆様お待ちかね、楽しいゲームの始まりでーす!舞台は変わらずゴミの世界!今回は特に目立ったバグはないみたい、安心してくれて構わないよ〜』
ゴミの世界。かつて自分が過ごしていた世界であり、彼と…パロディと出会った楽園の地。偽物であったとしても、久々に目にしたその光景は些か懐かしさを感じた。
辺りを見回していると、突然パロディがタッと走り出した。
「っ待って下さいパロ!どこへ行くんです!」
「ぁ、いや、ここ久しぶりでテンション上がっちゃって!暫く観光しとるから気にせんとって〜!」
「パロ、パロっ!」
制止も虚しくパロディは街の中へと消えていった。いつものパロディならこんな事は決して無いはずなのに、どうして彼は自分を遠ざけ続けるのだろう。理解ができない彼の行動にまた頭を抱えるニコラス。
「……このまま…ここで棒立ちしているのもいけませんね」
気になることは5万とある。けれど彼が去ってしまった今、それを気にしていたところでどうしようもない。
足取り重く、ニコラスもパロディに続くように街の中へと進んで行った。
◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆
相も変わらずこの場所は薄汚れたボロボロの世界だった。人生のほとんどをこの場所で過ごした僕にとって、今更新鮮味を感じるモノがある訳でもなく目的なくフラフラと歩く。
無人ということもあり、荒廃した街と建物は更に寂しさを増していたような気がした。文字通り何も無いこの場所で、一体どうしろと言うのか。
皮肉なものだ、あんなにも愛したこの世界が、今じゃちっぽけなガラクタだらけのゴミ溜めにしか思えない。しかしそれが何故なのかなど分かっていた。今はそんなこと考えたくなかった。けれど考えざるを得なかった。
…パロのいないこの世界は、本当に価値のないものなのだと知った。彼がいたからこそこの世界は明るく輝いていて、僕の人生は意味のあるものとなった。そのハズだった。それなのに、なぜ今 彼は僕の隣にいないのだろう。
「…僕には、貴方だけが全てなのに」
ぽつりと呟いた声は誰に届くことなく静まり返った世界に飲み込まれてしまった。彼のいない世界で、まさに無気力とも呼べる現状で、何かをしようとは思えなかった。
「……あ」
…ふと。空を見上げると、ひとつの物体が目に入った。
それは恐らく監視カメラのようなものだった。きっとアーテルと孤児院に残った家族たちはこれを経由して僕たちの姿を見ているのだろう。
何を思った訳でもない。ただ何となく、…そう。何となく僕は、その監視カメラを追うように街を徘徊する事にした。
カメラは本当に至る所に置かれていた。高い場所に設置されたものもあれば、建物の中に混じるように置かれたものもあった。
辺りを見渡しながら、どこのカメラがどう写しているのかを何となしに見る。自分の姿を他人に見られているというのは実に居心地が悪い。ほんの僅か…[嫌悪感]とも呼べる感情を浮かべた僕は、目をそらすようにして街を歩いた。
その時。遠くで"誰かの声"がした。
確か、ここには自分たちゲーム参加者しか存在しないはず。しかし微かに聞こえるこの声は、一体何なのか。好奇心というものからか、僕は無意識にその声のする方向へと歩を進めていた。
歩けば歩くほどその声はどんどんと近づいているようだった。そして近づくにつれて分かったこと事がある。この声の主は1人ではないということ、何かしら会話をしているのだということ。
その"何か"が複数人いるとするならば、今のこの丸腰の状態で接触するのは危ないかもしれない。けれど正体を知らぬまま野放しにしておくのも帰って危険だろう。
そう判断した僕は、なるべく音を立てないようにこっそりと声のする方へと近づいていく。しかし不思議なことに、近づけば近づくほど"声"は大きくなっていくのに、肝心の内容が全く聞き取れなかった。
それはまるで、"言葉を持たない音"のようにも聞こえた。聞いたことの無いその音により警戒を引き締める。
もしこの場所に自分たち以外の何かが潜んでいるのだとして、放っておけばパロが危険な目に遭うかもしれない。それだけは許せないから。
慎重に慎重に歩みを進めていく。声の主にバレぬよう、気配を殺し、ゆっくりと近づいていく。
しかし。先程まで聞こえていたはずの音が突如としてピタりと聞こえなくなった。
バレてしまったのだろうか?僕は咄嗟に息を止めた。
先程までそこにあったはずの気配が消えていることに形容のしがたい感情に苛まれる。
進むべきか、戻るべきか、迷って足を出したその時。
グシャリ。
「っ!……?」
僕の足が何かを踏んだようだった。
恐る恐る足を退けてその物体を見ると…
「…紙?」
それは1枚のただの紙切れだった。しかし何やら文字が書かれているようで、僕はひょいとそれを取った。そしてそこに記された予想外な内容に驚く。
「これは…医学文書?」
その紙切れには医学についての情報がぎっしりと書き記されていた。千切られた痕跡からするにこれが何かしらの本のページの1部である事は想定できた。しかし驚いたのはそこではない。
「何故、僕が読んでいた本のページが、こんなところに落ちているんでしょうか」
そう。それは僕がこのゴミの世界で生きていた時に読んだ本の一部だった。昔の僕はこのゴミの世界からありったけの医学書籍を集め読み漁っていた。今見つけたこの紙切れも、僕が集めた本の1つだった。
理解のできない状況に頭を悩ませていた時、ふと。目の前の路地裏に意識を奪われる。
その場所は確かに見覚えのある場所だった。まさかと思いながら恐る恐るそちらへ足を進める。
そして予想通り、路地の先にはひとつの小さなテントのようなものがあった。ボロボロの布で作られたそれはあまりにも下手くそで、しかし子供1人が眠るには充分の場所。間違いない。ここは、
「……僕の、隠れ家」
それは正真正銘、僕がこのゴミの世界で暮らしていた時に使っていた隠れ家だった。中を覗けば案の定辺りは様々な医学書や食べ物の缶などが散乱していて、まさに時が止まったままだった。
当時は広く感じていた中も、今はとても窮屈に感じる。
「記憶の中の再現…というだけあって、こんなものも再現されているのでしょうか。つくづく趣味の悪いお方だ」
読み親しんだ本をぺらぺらと適当に捲る。
…しかしどうやらめぼしい物は無いようだ。ここに長居していたって意味は無いでしょう。そう判断した僕は元きた場所へ戻ろうと踵を返す。
こんな場所に用はない。ここにパロはいないし、ここに居たって意味が無い。
「早く、彼を探さなくては」
早足にその場を後にしようとしたその時
『縺翫d縲√%繧薙↑謗?″貅懊a縺ォ縺ェ繧薙?蠕。逕ィ縺ァ縺吶°?滓オ∫浹縺ォ縺薙%縺後←繧薙↑蜉」謔ェ縺ェ蝣エ謇?縺九?縺泌ュ倡衍縺ァ縺吶h縺ュ?』
背後から、誰かの声がした。
突然現れた声と"気配"にピシッ、と僕は動きを止める。先程までそこには誰もいなかった。それなのに、今、確実に、背後になにかがいる。
振り向くことなく固まっていると、次いで聞こえた声はさっきとは別の声だった。
『遏・縺」縺ィ繧九?ら衍縺」縺ィ繧九°繧峨%縺薙↓譚・縺溘?』
何を喋っているかなど分からないその音、けれど確かに聞き覚えのあるその声に、思わずバッと振り返ってしまった。
そこには、2つの、"影"がいた。
『鬩壹>縺溘?∬イエ譁ケ譛帙s縺ァ縺薙%縺ク譚・繧峨l縺溘s縺ァ縺呻シ滉ココ髢薙°縺ゥ縺?°縺ェ繧薙※莉紋ココ縺梧アコ繧√k縺薙→縺ァ縺ッ縺ェ縺?〒縺吶h縲』
『譎ョ騾壹?縺ェ?溘¢縺ゥ菫コ縺ッ縺。繧?≧縲ゅ♀繧後?萓。蛟、縺ッ螟ァ莠コ縺梧アコ繧√k縲ゅ♀繧後′莠コ髢薙°縺ッ蜻ィ繧翫?逶ョ縺梧アコ繧√k縲』
その声は、確かに聞いたことのある声で、僕の、大切な、人の声
『縺昴≧縺?≧荳也阜縺ェ繧薙h縲√¥縺?繧峨∈繧薙h縺ュ?』
『螟ァ莠コ繧りイエ譁ケ繧ゅ?∫坩繧貞翁縺?〒縺励∪縺医?遲峨@縺剰i縺ョ蝪翫□縺ィ險?縺??縺ォ窶ヲ螟悶?荳也阜縺ッ貊醍ィス縺ァ縺吶?縲』
初めて見た時は不気味にすら思った。けれど、そのコロコロと変わる表情に、僕は、貴方の事を、知りたいと思った。
『縺ッ縺ッ縲√♀繧ゅm縺?↑縺√い繝ウ繧ソ?√♀繧後b縺昴l縺上i縺?腰邏斐d縺」縺溘i螫峨@縺?s繧?¢縺ゥ縺ュ?』
姿形が見えないハズの影。それなのに、その声が、どんな表情をしたのか想像ができる。
自ら望んでこんな地獄へやって来たおかしな少年。泣きそうなのを堪えた表情。しかし少し話してみれば、忙しなく豊かに変わる表情。
愛しい貴方との、初めての出会い。貴方を知りたいと、そう強く思った瞬間。
目の前の影に、ゆるゆると手を伸ばし、愛しい人の名を呼んだ。
「…ぁあ、カラン 、コエ」
その瞬間、ガサガサと向こうで大きな音がした。
バッとそちらを見れば、何かが、こちらへ走ってくる。
突然のそれに逃げる事も出来ず立ち尽くしていると、
それが、姿を現した。
◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆
ゴミの世界は昔と比べてずっとずっと静かで広々としとった。ガヤガヤとした喧騒も、人と人がぶつかり合う騒音も、何一つ存在せんかった。
まさにこの場所こそが、おれが望んだ楽園そのものやった。
おれに期待を抱く人もおらん、思うように動かないからと殴る人もおらん、怒鳴り散らかす人もおらん。やりたくない事を強いられることも無いし、全てが自由な世界やった。
そんなゴミの世界が大好きやった。誰もおれを縛らない、誰もおれを決めつけへん。この場所こそがおれの居るべき場所やって信じてた。だから、今ここに帰って来れて、すっごい嬉しいはずやのに
「……何で、こんな 寂しいんやろ、なあ」
大好きだったこの場所に戻ってこれたっちゅうのに、胸にぽっかりと穴が空いてるみたいに虚しくて、寂しかった。
1人は平気だった。誰に命令されることも無く自由で生きていけるから。そんなおれにとって、今のこの世界は限りなく理想郷に近い世界のはずやった。
それなのに、ちっとも満たされへん。ただ虚しいだけやった。今までに感じたことがないぐらい、寂しくて、辛かった。
「っぉわあ!?」
意識が散漫していたせいか、小さな段差に躓いて派手に転んでもた。擦りむいた膝からは血が滲んどって、それがまた更に虚しさを加速する。
「………………ニ コ、…」
大好きなあの子の名前を呼んだってあの子はここに来ん。おれが拒絶したから、おれが遠ざけたから。いつも優しい笑顔でおれに手を差し伸べてくれた、あの手を、おれが、弾いたから。
「……だって、…こんなん、嫌に決まっとるやん……」
大好きな君を、殺さないかんなんて。そんな事出来るわけないやろ。だからおれはあの子から逃げ続ける。逃げてどうにかなるなんて思ってない。けど…昔から逃げてばっかのおれには、これぐらいしか思いつかんかった。
「…勝ち残れば、願いを叶えてもらえる。そんなの知っとるけど、ニコを、手にかけてまで叶えたい願いなんて、……。」
ぽつりとそんな事を呟いた。何もかもに潰されそうで、苦しくなったその時、
おれの後ろから声がした。
『隕九▽縺代◆縺橸シ?シ』
「!?!」
この世界には誰もいないはず、しかし驚いてふりかえったおれの目が捉えたのは、真っ黒な2つの影だった。その影は何事かを呟いて、おれの方へ近づいてくる
『縺ゅ>縺、繧呈黒縺セ縺医※蠑輔″謌サ縺幢シ』
言葉として認識できない大きな音を張り上げて、影がおれの方へ手を伸ばして走ってきた。
______捕まる。
直感がそう告げてきて、おれは考える暇もなくその影から逃げるように駆け出した。
廃れた街を走り、小さな路地を駆け、逃げに逃げ続けた。けど案の定、あの影はおれをずっと追い続けてきた。時折何かを叫びながら、執拗に、おれを捕まえようとする。
嫌や、嫌や、嫌や、嫌や。
捕まってもたらどうなるかなんて分かっとる。捕まりたくない。戻りたくない。あんな場所に戻りたくない、ずっとこのゴミの世界におりたい。
息も出来なくなるぐらい走って、それでも振り切れないソレに泣きそうになる。僅かな希望を抱いて、狭く暗い路地へと駆け込むけど、服が何かに引っかかったのか、おれは思い切りその場へどしゃりと転んだ。
「っ、ぅ、くう、」
『謇九r辟シ縺九○縺ヲ縺上l縺溘↑縲』
「ッッひ、」
2つの影は、いつの間にやらおれの背後に立っていて、顔のないソレは確かにおれを冷たい目で見下ろしてるように思えた。全身を打ったせいか、逃げようと動くも思うように身体が動かんかった。
ずりずりと地面を這って、何か武器がないかと探すも、手で手繰り寄せたのはひとつのガラスの破片だけ。
ああ、ああ、ああ。こんな事になるなら、こんなヤツらに捕まるなら。また、あの家に戻されてしまうぐらいなら。いっそ、いっそ
「今 ここで おれが死ねば」
きっと
楽に、
『おやおや、お噂はかねがね』
「____え」
先程の影のものの声とは違い、鮮明な声と言葉が聞こえた。
そして2つの影が振り向いたと同時に、ゴツンゴツンと鈍い音と共に影はべしゃりと地面へ倒れて、消えてしまった。
「(助かっ、た?)」
視線を地面から上へ上げる。そして目の前の小さな影に、おれは大きく目を見開いた。
あの声、あの言葉、この姿。間違いない、間違えるはずがない。まごうこと無く、これは、
「__…ニ」
突然、目の前の影がおれに手を伸ばしたかと思えば…そのままバッと走り出していく。
「ッ!待って、待ってってば!ニコ!!」
おれは影にそう呼びながら、立ち上がって急いでそれを追いかけた。
影はこちらを見向きはしなかった。見失わないように、必死に必死に追いかける。
するとその影は、ひとつの暗い路地裏の近くでふと立ち止まる。突然の静止に驚きおれもぴたりとその場に立ち止まった。そして影は、まるでおれの方を見るようにして、言った。
『縺ゥ縺?@縺溘s縺ァ縺吶°?』
心配するように、影がおれを覗き込むようにして、話す。
『螟ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶h縲√◎縺ョ遞句コヲ縺ョ蛯キ縺ェ繧牙ヵ縺梧イサ逋ゅ@縺ヲ蟾ョ縺嶺ク翫£縺セ縺吶?』
優しい優しい声。もう言葉は分からんかったけど、おれには影が、"彼"が何を言っているかなんてわかっていた。
涙が勝手に溢れ出す。大好きな、大好きな、いとしい人。おれに手を差し伸べてくれた、優しい人。
『豕」縺上⊇縺ゥ逞帙>繧薙〒縺吶°?溷?縺九j繧?☆縺上※濶ッ縺?〒縺吶′縺ゅs縺セ繧企ィ偵$縺ィ隕九▽縺九j縺セ縺吶h縲』
そう言って、呆れたみたいにおれを見る君。何もかもが、あの時と同じだった。
「……ううん、…違う、ちがうんよ」
痛くて泣いてたんじゃないんよ。おれは、あの時、ただ、
「君の優しさが 嬉しくて、泣いたんよ ニコ」
ぼろぼろと、涙がとめどなく溢れてくる。目の前の影は、おれを誘うように路地の奥へと進んでいく。
泣きじゃくりながらそれについていく。途中、ガサガサと何かを踏んだようだったが、涙で滲んだ視界じゃそれが何かは分からなかった。
そうして、影についていってたどり着いたその場所は、彼が与えてくれた、おれのもう1つの居場所。
そして
「………っへ、」
そこには、目を見開きこちらを見つめる、ニコがおった。
◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆✝︎◆
ニコラスの隠れ家の前で、2人は再会した。ガサガサという音と共に現れたパロディは、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、目をまん丸に開いてこちらを見つめていた。
「…っぱ、ろ」
「ッ!!」
パロディは、咄嗟に走り出した。
「待って、待ってください、パロ!!」
ニコラスも彼を追いかけ走る。今度こそ彼を見失わぬよう、手放さぬよう、息を巻き必死に追いかける。
自分に背を向け走り逃げる姿は、まるでいつかのおとぎ話で読んだ時計のうさぎのようだった。ぴょんぴょんと、すばしっこく逃げるうさぎ。それを追いかける自分。
しかしお生憎様、そんなうさぎを逃がすような真似はしない。今ここで彼と話をしなければ、きっと何も解決しない。
「こんといて、こんといてってばあ!!!」
泣き濡れた声でそう叫ぶパロディ。しかしニコラスはもう動揺したりしない。自分を拒絶し逃げる彼の名を、叫ぶ。
「行かないで下さい、カラン!!!」
その叫びに、動揺を現すようにパロディの走るスピードが落ちた。そしてその隙を狙い、ニコラスは飛びつくようにして彼を捕らえた。
「っ、嫌、やあ!!離してやぁ!!!」
「カラン、カランっ!落ち着いて下さい、僕は貴方を殺したりなんて__」
「殺してよ!!!」
「ッ!?」
地面に2人膝をつき、暴れるパロディ肩を掴んでいたニコラスは、彼のその叫びに大きく目を開く。大粒の涙を流しながら、パロディは、叫ぶ。
「おれはニコのこと殺したくない!ニコと戦いたくない!傷つけたくない!!大好きだから、大事だからっ!!だからおれを殺して、ニコが生きてや!!!」
その表情は、今までに見たことの無い感情に塗れていた。彼を渦巻く感情が何なのかは分からない。けれど彼の言葉には、強い、想いを感じた。
「………カラン、」
「ッ、近寄るなってばあ!!!!」
ざくり。何かがニコラスの肩に刺さる。わけも分からずそこを見ると、
「…ッぁ、あ、ッぁ……、」
パロディの手に握られていたガラスの破片が、ニコラスの肩を刺していた。
破片を通じてツウ、と流れる赤い血に、これ程までにないぐらいに絶望しきった顔で、パロディが首を振る。
「…がう、ちが、…違……そんな、こと、そんな…つもり、じゃ……、」
震える手と口で、否定の言葉を繰り返すパロディ。ニコラスから流れ出た血がパロディの手を汚す。
…しかしニコラスは、痛がる素振りひとつ見せず、抵抗を失ったパロディを、優しく抱きしめた。
「…ぁ、あ、ニ…ニコ、」
「カラン。僕は君に、1つ内緒にしていたことがあります」
「っぇ、…?」
今にも泣き崩れてしまいそうな顔で、パロディがニコラスを見る。自分の肩元に顔を埋めた彼の表情を伺うことは出来なかったが、いつもの、穏やかや声色で彼は言った。
「…僕は、熱さも、冷たさも、温もりも、痛みも、感情も、何一つ分からない。感じないんです、全てのことが」
「………へ…?」
動揺するパロディをよそに、ニコラスは続ける。
「けれど、貴方と出会って、貴方と共に生きて、様々な事を知った。あなたと居れば心がわくわくするし、じわじわとした気持ちになった。それが"楽しい"という感情であること、"嬉しい"という感情であることを、教えてくれたのは、カラン。貴方だ」
「何も持たない、空っぽの僕に、感情を教えてくれたのは貴方なんだ。貴方は僕の光であり、僕の大切な、大好きな人なんです。」
そっとパロディの身体を離し、2人は目線を交わす。
「……痛みも温もりも、何も感じない怪物の僕が、貴方の隣に居てもいいのかなんて何度も考えました。けれど僕は、貴方を想う気持ちを、抑えられなかった」
パロディの目からは、未だ涙が溢れ出す。しかしニコラスは、それを愛おしそうに見つめながら、手を伸ばす。
「カラン。僕は貴方だけのニコラス。もしも貴方がまだ、怪物である僕が隣に居るのを許してくれるのなら」
「どうかこの手を取ってください。そして僕と共に、生きて下さい」
差し出された手のひらを、パロディは泣きじゃくりながら取った。そうして握りしめられた手のひらは、確かに暖かくて、化け物なんかではない、1人の人間の温もりだった。
「…僕のこと、嫌いになりましたか?」
「ッなるわけ、ないやん…ッニコのこと、ずっとずっと前から大好きやったもん、」
ぐすぐすと泣く彼の頭を優しく撫でると、泣き濡れた瞳で見上げ、眩しく笑う。
「しゃーないから、おれニコの為に生きたげる。だからニコも、おれの為に生きてな」
「ええ、…ええ。勿論ですカラン」
地獄のド真ん中。2人にとっての楽園の場で、彼らは誓う。互いの存在を確かめるように手を握り、愛おしいその頬を優しく撫でる。
「……でも、…これからどうするん?」
パロディがニコラスの手に擦り寄りながら、不安そうに言った。互いに生きると、約束したものの。状況は何一つ変わっていないのだ。
「…そうですね。……実は解決策が浮かんだわけではありませんが…1つ、試してみたいことがあります。着いてきて下さいますね?カラン」
そう言ってニコラスはパロディの方を見てにこりと笑った。
「?うん、あったりまえやろ!」
そう元気に笑った彼の姿を見て、同じくニッと笑い返したニコラス。すると彼は突如、パロディの手を引っ張りバッッと駆け出した。
とある建物の陰へやって来ると、ニコラスはそこへ素早く潜り込んだ。彼の行動に理解ができず驚いていると、
突然、キィンという甲高いノイズ音が響いた。
『____〜ッハァ!?カメラが動いてない!!ちょっと!!お前ら何やってんだよ?!?』
その声はアーテルだった。ゲーム中に現れる事など1度もなかったはずの彼は、心底焦った様子でそう叫んでいる。訳が分からずニコラスの方を見ると、ニコラスはイタズラが成功した子供のようにくつくつと笑っていた。
「まず1つ。この街には沢山の監視カメラが設置されていますが、そのどれもが必ずしも全ての場所を映しているとは限らないのです」
あの時、1人で探索していたニコラスは、監視カメラで映る範囲外を探っていたのだ。殆どの場所にはカメラが設置されているようだったが、建物の死角と1部の道を使えば、アーテルの監視範囲外に潜り込むことができると。
「それと、ついでにこの場所に置かれてあったカメラは事前に破壊させて頂きました」
「っは!?それっ…最初からこのつもりで、」
「当然ですよ。貴方と、そしてソラとも約束しましたからね…僕は貴方を傷つけることなく、共に生きます」
僕は本気ですよ?とクスクス笑う彼に、パロディの胸の中で嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない想いが込み上げてくる。
『何?カメラが再起動しない?もぉーー何してくれてんだよ、観察は何よりも重要な事なのにこれじゃあ話にならないじゃんか!』
アーテルの声は珍しく、怒りと焦燥に滲んでいた。そしてそれを心底面白そうに笑うニコラスはまるで幼い子供のように見えて、パロディもくつくつと笑う。
「さあ、叱られる前にさっさと退散してしまいましょう」
「わ、っ早いってニコー!」
またパロディの手をぐいっと引っ張り、ニコラスは慣れた足取りで走る。どうやら大体の死角位置を把握しているのだろう、彼は軽々と駆け抜ける。
パロディは、ニコラスの手をぎゅっと握る。それに呼応するようにニコラスもパロディの手を優しく握り返した。胸の中がじわじわと温かくなる。
『っな、ちょっと待ってッどこ行ったんだ2人とも!戻ってこいってば!おい!クソ!』
焦るアーテルの言葉を耳に、パロディは目の前の彼を見る。自分を救ってくれた彼が、今この瞬間また救ってくれようとしている。大好きな彼と一緒ならば、きっと何処へでも行けるような気がした。
そうだ。彼と共にいれるなら、こんな場所じゃなくたって、構わない。
「っわ?!」
その時、突然ぐらりと地面が大きく揺れた。あまりの揺れの強さに2人して地面へ尻もちをつく。ニコラスはパロディを守るように抱きしめ辺りを警戒する。
すると、ガラガラと音を立てていくつかの建物が倒壊していく様子が見えた。それだけではない。よく見ると、周辺の所々がぐにゃりと空間を変形させねじ曲がっていて、それは正しくこの世のものではなかった。
『ッな……何これ、君たち一体何を!?』
アーテルにとってもこれは予想外だったのだろうか、彼は崩壊していくこのゴミの世界を見て驚愕の音を上げた。
「!!カラン、あれを!」
ニコラスが指をさしてそう叫ぶ。その先を見ると、目の前には、コロシアムに入る時にくぐった大きな門が現れていた。門は、開きっぱなしになっている。
「どれほど空間の形や広さや見た目が変われど、やはり僕達はまだあのコロシアムの中にいるようだ。あの門の先こそが、僕たちの帰るべき場所であり、新たな楽園です」
ニコラスがくるりとこちらを振り返り微笑んだ。門の先には確かに見慣れた草原が広がっていて、眩しいまでに美しい夕日がキラキラと差し込んでいた。
「どうかこの手を離さないでいて下さいカラン。僕が必ず、貴方を導きます」
「…ん、うんっ、絶対離さへんよニコ」
泣きそうになるのを堪えて強く頷いた。それを見て彼は、全力でそちらへ走る。
このゴミの世界は確かにパロディにとっては唯一の楽園だった。けれど、分かったんだ。この場所が楽園だったわけではなく、"ニコラスがいたから"楽園だと思えたのだと。
きっと、ニコラスがいる場所ならどんな所も楽園になる。彼といることこそが、自分にとっての幸せなのだと。パロディは、そう気づいたのだ。
今までゴミの世界が全てだと思っていた。この場所こそが、自分にとっての居場所だと思っていた。けど今は違う。もうここに、用はないから。
『データの再構築が出来ない、サーバーが応答しない…ッだめだめだめだめ止まれって!行くな!!』
光が近づいてくる。頬を撫でる風が心地よく感じる。アーテルの焦燥に駆られた声などもはや耳に入らない。完全に2人きり。君と、おれとだけ。
ニコラスが光へ手を伸ばす。
「逃げましょうカラン、僕と貴方だけの楽園へ!」
あのな、ニコ。おれ、見つけたんよ。
自分の幸せを、見つけた。おれの幸せは、ニコと一緒にどこまでも2人で生きること。
ニコのお陰で、おれの願い事、叶えれたんやで。
「ニコ、ニコ、ニコ!おれホンマにニコのこと、だーいすきや!!」
満面の笑みでそう笑う。ニコラスはこちらを振り向き、見たことがないくらい愛おしそうに笑った。
『ダメだ、だめ、僕のせっかくの計画、全部台無し、に、嫌だ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろ、逃げないでくれッ!!!』
2人はぎゅっと固く手を繋ぐ。崩壊していく世界を背に、目前に手を伸ばす。
貴方となら、僕は何も怖くない。
君となら、おれは何も怖ないよ。
そして、ついに出口へと足を踏み入れる。
ふわりと、草と夕暮れの匂いが鼻を掠めたその時。
目の前に、一瞬だけ人影が現れた気がした。
黒い…服を纏った、人?
それを認知しようとしたら
そいつが、僕達に
何かを向けて、
何も聞こえなくなったあと
「______ぇ?」
パロディの首を、閃光が貫いていた。
砕けたチョーカーの南京錠と、ガポッという嫌な音と共に、そこから溢れる、真っ赤な、血。
「__ニ 、…"」
ぐしゃりと、力無くパロディが地面へ横たわった。
「…カランコエ?」
目の前の彼は反応しない。時折ゴポ、なんて音が鳴るだけ。手は強く握られたままなのに、地面へ倒れて動かない。どくどくと、赤い水たまりが広がっていく。
先程まであったはずの門は、今や姿を消して無くなっていた。
「カラ ン どうしたんですか? 早く、いかないと、カラ」
『__ぁは』
声が、響く。
『ッぁははっアはははははははははははははははッッあっはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはハハははははははははははははははははははは!!!!!!!』
何も、聞こえなくなる。
『……君の計画した愛の逃避行とやらの為に 一役買ってやった僕を称賛して欲しいよ、ニコラスくん』
『確かにこの崩壊は予想外だったよ。出口の出現だって。でも君は本当に何もかも上手くいくとでも思ってたの?逃げれるとでも思ってたの?』
『本当に、この僕が、お前たちの愚行の1つ見えていないとでも、思ったのか?』
地に膝をつく。真っ白な白衣が真っ赤に濡れる。パロディが身につけていた、砕け散った南京錠が、キラキラと反射している。
温度なんて何も感じないのに、彼の手が、氷のように、冷たく感じる。
『本当に、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に!!馬鹿で、愚かで、愛おしいよ、君たちは』
痛い
痛い。
痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
どこも怪我なんてしていないのに。痛みなんて分からないはずなのに。
確かに感じた。
痛い、と。
『……お疲れ様、ニコラスくん』
『これは君が招いた結末』
『君がこのゲームの勝者だ!』
「_______ぁ」
ゲームの終わりと、楽園の終演を知らすブザーが鳴り響いた。
目の前の愛しい貴方は、動かなかった。
※この創作はフィクションです。
実在する団体・個人とは関係ありません。
※3L要素(異性愛・同性愛描写)が含まれる可能性があります。
※暴力・流血表現、ロスト、死ネタ、R指定要素あり。
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