STORY


第二話「最後の晩餐」

 

 

折りたたむ

 

チ、コチ、と時計が鳴る音だけが響く静かな部屋。いつもの賑やかさはどこへやら、今は誰もが沈黙を貫いていた。

…それも仕方が無いだろう。あんな事を言われた後で、いつもみたいに楽しく過ごせるはずなどないのだから。

「…………オレたち、これからどうすんの」

その沈黙を破って声を上げたのはロゼだった。彼女の独り言にも近しい小さな呟きは、部屋の静かさもあってか常よりも僅かに動揺が滲んでいるように聞こえる。

「………あの人が言ってることが正しいなら、おれたち…殺し合い、しなきゃいけないんでしょ…?」

アシュはソファの上で両膝に顔を埋めてそう言った。"殺し合い"の部分だけ声が小さくなった。

欲望を叶える為の、殺し合い。自分の願いの為に、家族を手に掛ける必要があるということは、あの男…アーテルの話を経てここにいる誰もが分かっていた。ただ皆今はそれを信じたくないだけ。

「……あぁもう!急に現れて殺し合いだの願い叶えるだの、何なんだよアイツ!」

苛立った様子でロゼが地面を蹴った。その音を聞いて未だ怯えた様子の何名かがびくりと体を震わせた。

「当たってはダメよロゼ。今は私達にどうすることも出来ないんだから」

「だからって…アイツの言いなりになるのかよ!」

「いいえ……そうは言ってないわ。ただ、冷静を欠いてはあちらの思う壷ということ」

至極冷静な様子で彼女を宥めるルーナは、今いるメンバーの中で1番の年長だ。流石と言うべきか、彼女は凛とした様子で怯え震える妹弟達の頭を撫でている。彼女に向けられた優しい微笑みに、ロゼは悔しげにふいっと顔を逸らす

「何か…良い案があればいいんですけど」

ルーナの隣に座っているひかりがぽつりとそう呟いた。それは願望にも近しい呟きだったが、ルーナはそれを聞き逃さなかった。

「大丈夫よひかりくん、きっと何とかなるわ」

ひかりの頭を撫でる優しい手つきに、ひかりもまた心地よさそうに目を細める。安全だと思っていた空間が崩壊した今、ひかりにとって唯一安心を得れる場所が彼女のそばと言っても過言ではなかった。

そうした重苦しい空気が辺りを充満して数十分程。ようやくその空気を取り払うような、いつもの軽快な声が響く。

「みんな〜!ちょっと早いけどお昼ご飯にしよ〜」

ピクニックの際に持ち歩くような可愛らしいバスケットを片手にひょこりと現れたサビクは、いつも通りの様子で子供達の現れた。

流石にその様子に驚かされる者もいるようだが、何もかもが変わってしまった今、何一つ変わりのないサビクに少なくとも安堵を覚えるのも確かで。皆はそれぞれ席に着いた。

「今日はシスターがちょっと手が離せなかったみたいだから俺の手作りで〜す」

そう言ってカゴから取り出したのは、シスターが作るよりも少し不格好なハムエッグサンドだった。

「これ、サビクが、作ったの?」

「そぉだよ〜、ちょっと慣れないモンで色々失敗しちゃったけど味は確かだから安心して食べていーよセシリア」

たはーっと困ったような笑みを向けるサビク。彼の手をよく見ると、不器用な彼を象徴するように至る箇所に小さな火傷やら傷やらが出来ていた。

「さっサビくんその手…!怪我してる!」

「え?んぁ…大丈夫大丈夫!ちょっとフライパン掠ったり指切ったりしただけ」

「大丈夫じゃないでしょ!ちゃんと手当てしなきゃダメ!」

「ちょ、そんな怒んないで………」

珍しく怒りの声を露わにするイソラの圧にやられたサビクは苦笑いを浮かべ降参と言わんばかりに両手を上げる。2人の様子を見て幾分か心が和らいだのか子供たちはクスクスと笑った。

「でも、ちょっと形変だけどコレおいしーよ、ミヤとっても好き!サビクくん頑張ったね!」

「あは!そう言われると嬉しいし照れる〜、フォローありがとねぇミヤ」

キャッキャッと笑う2人。それはまさしくいつもの平和な日常のワンシーンであった。

「おいアシュ、食わねーならオレにハム寄越せ」

「え?!やだよ!ちゃんと食べるもん!」

「何だよ、じゃあさっさと食えよな。じゃないといつまだたってもお前ヒョロガリのままだぜ」

「おれはヒョロガリじゃない!」

賑やかな話し声と笑い声。あぁ、これがいつもの日常なんだ。そう思うとじんわりと胸が暖かくなっていく。…しかし辺りを見回すといくつかの空席。このまま見ないフリをしていたかったがそういうワケにもいかず。

ルーナは談笑を邪魔するのを忍びなく思いながらも、サビクの裾をくいと引っ張り、視線を交わす。それを見て何事かを察したサビクは、楽しく食事する弟妹達に一声掛けた後、ルーナと共に別室へ移動する。

 

賑やかな声が遠のいたキッチンで、2人だけになったルーナとサビクはひそひそ話でもするような調子で会話をする。

勿論それは、明るい話題ではないけれど。

「…ラーナの具合はどう?それと…ニコラスやパロ、エルダにミアも見当たらないけれど…」

「あー……実はさっきまで医務室にいたんだ。けど、…ラーナはまだ起きてないみたい。他の4人も医務室にいるよ。後で昼食届けに行くつもり」

少しだけサビクの表情が曇る。それは心配からくるものだろうが、ルーナにはその表情の理由がそれだけとは思えなかった。

「…何かあったの?」

「あぁいや、その…、……ごめん。しっかりしようと思ったんだけど…ルナの前だと上手くいかないな」

先程の眩しい笑顔とは打って変わって、サビクは弱々しく笑った。それを見てルーナは、彼が多少なりとも無理をしていたのだと察する。

「……今までこうやって皆と楽しく過ごしてたのに、それが全部壊されて、挙句…殺し合わなきゃいけないとかって思うと、本当…信じらんなくて」

彼のその声は初めて聞くと言っていいほど弱々しかった。サビクがここまで弱気なのも珍しいが、そうなるのも仕方がないだろう。

「えぇ、…私も信じられないわ。突然そんなこと言われて恐れない方がおかしいわよ」

「あはは…みんなの兄として、せめて少しでも落ち着けるようにって頑張ったんだけど…」

「いいえ、サビクはもう十分なくらいよく頑張ってるわ」

そう言って彼の方へと近づき頭をぽんと撫でる。窓から差し込む太陽の光に照らされた彼女は、今のサビクにとってはまるで天使のようにも見えた。

「…あははっ俺本当情けないというかなんと言うか……ルナも大人になったよね」

「あら、言ったでしょ?いつまでも子供扱いしないでって」

「ふふ、そうだったかなぁ?」

「忘れたなんて言わせないわ」

クスクスと笑う声が響く。目の前にいる彼女は紛れもなく自身の妹であるが、今この瞬間だけは、彼女の優しさに甘えてカッコ悪い自分を見せても大丈夫なような気がしたのだ。

「…あっ。そうだ、ルナに1つ聞きたいことがあるんだ」

「あら、なぁに?なんでも聞いて」

ハッとした様子でサビクがルーナの方へ向き直る。先程と比べてほんの少し真剣な眼差しになったサビクを見て、ルーナはきょとんと小さく首を傾げる。

「あのね、コレは別に…無理に答えなくてもいいんだけど。」

「?何?焦らさないで」

どこか言いづらそうにしている彼を見て、日々を共にした兄妹に今更何を遠慮する必要があるのかと不思議に思う。しかし。次に出た彼の言葉はルーナの予想に反していた。

 

「ルナには、皆を手に掛けてでも叶えたい願いって ある?」

 

シン、と。辺りが静寂に包まれる。ついさっきまで笑いあっていたとは思えないほど静まり返った空気。遠くで聴こえる弟妹達の愛おしい笑い声が、今はまるで違ったものに聞こえる。

「……それを聞いてどうするの?」

彼女は緩く、微笑んだ。穏やかな微笑みだが、先程とは何かが違う。しかしそれに動揺する事なく、サビクも真っ直ぐ彼女の瞳を見つめて問う。

「どうかしようって訳じゃないんだ。ただ確認したいだけ。俺は皆のこと知ったつもりでいたけど…彼の、…アーテルの言葉を聞いて、きっと俺は自分が思ってるよりみんなの事を知らないんだろうなって、思ったから」

サビクの声はいつもの優しい、慈愛に満ちた声だった。しかし今のルーナにとってその声は、どこか煩わしいような気もした。

「正直に答えていいよ。ここには俺と、ルナしかいないから」

「…………………」

ルーナは黙る。それをサビクは急かしたりなどしない。ただゆっくりと時間が流れていくだけ。…そして暫くした頃、ようやっとルーナが言葉を口にする。

 

「…いいえ、無いわ。家族が何よりも大切だもの」

 

彼女はそう言って微笑んだ。それはいつもと変わりのない笑みだったが、サビクはほんの少し寂しそうに笑った

「そっか。……よし!じゃあ医務室の皆に昼食届けに行くの手伝ってくれる?」

「えぇ、勿論」

パッと声色をいつもの調子に戻したサビクがくいっとルーナの裾を引っ張る。それにルーナも素直に着いていく。

ルーナは、考えないようにした。自身の心の中で渦巻く黒いモヤのことを。葛藤とも呼べるそれを目の前の優しい兄に話すのは、些か残酷な気がしたから。

サビクに手を引かれ、ルーナは賑わう家族の元へと戻っていった。

 

✝︎◆✝︎◆✝︎

 

「ラーナお兄ちゃん…いつおきるの…?」

「大丈夫ですよ、彼はただ眠ってるだけですから。それよりミア、貴方は先に戻っていていいんですよ?」

「ううん、ラーナお兄ちゃんに、おはようって言うまでここにいるの…」

「…そうですか、止めはしませんよ」

医務室ではベッドで眠るラーナを囲むようにしてミア、ニコラス、エスピダ、パロディの4人がいた。皆どこか神妙な面持ちで静かに眠るラーナを見ていた。

「なあ…ラーナくんてホンマに寝てるだけなん?このまま起きんとか…」

「あはっ縁起でもないこと言うもんじゃないよ〜パロディさん」

「せやけど〜…」

ベッドから少し離れた場所で椅子に腰かけたままエスピダとパロディが話していた。2人ともラーナを心配しているのは確かだった。エスピダは足を地に投げ出したブラブラとさせながら話す。

「でもホントびっくりだよね〜、あのアーテル?とかいう奴、僕らのことずっと監視してたのかなぁ?」

「いけ好かへん奴やわホンマ…何が殺し合いや!」

思い出して腹が立ったのか、パロディはダンッと地面を蹴った。それを見てエスビダはケラケラ笑う

「…エスピダくん、なんと言うか、随分落ち着いとるよな…」

「え、そう?」

「そうやろ、だって…俺たち殺し合いさせられんねんで?」

「そう言えばそうだねぇ」

「真面目に聞いとる?」

パロディは未だケタケタと笑うエスピダへ訝しげな目線を送る。それに気づいたエスピダは、うーんと考える素振りを見せる。あくまでも、素振りだ。

「まぁでもさ、確かに驚く事ばっかだしラーナさんがこうなるのも許せないけど。今はアイツの言う通りにすべきだよねぇ」

「それって…、」

エスピダの声はいつもの元気な少年のままだった。パロディにとって、今それがどこか恐怖にも似た何かを感じたのだ。

「それって、…家族を殺すのも、しゃーないってこと?」

「うん そうだね」

エスピダは淡々と答えた。あまりの即答にパロディは呆気に取られた様子で固まる。思考がまとまらず何も言えないままでいると、エスピダが重ねるように言った

「だって人殺しをすれば自分の願いが叶うんだよ?それってすっっごく楽しそうじゃない?」

彼はニコリと、無邪気な笑みでパロディにそう言った。予想もしていなかった返事と反応に、パロディは動揺を滲ませる

「お前自分が何言っとんかわかって…」

「分かってるよ?でも仕方ないじゃん、こんな状況になっちゃったんだから。楽しまなきゃむしろ損だよ」

彼の「楽しむ」事への執着には薄々気づいていたが、まさかここまでとは。パロディは何も言えなくなってしまった。ぼんやりと、ベッドの方を見つめながら、何となしに訊ねる

「…エスピダくんの、願いってなんなん?」

「僕の願い?」

ちら、とパロディの方を見るが、彼の目線はこちらに無い。エスピダも同じようにパロディが見つめる先に目線を移ろわせながら、呟く。

「…失くしたものを、取り戻すこと」

ぽつりと呟かれたそれに、パロディは返事をすることは無かった。けれど確かに分かったのは、彼にとって、家族を手に掛けてでも叶えたいモノがあるのだということ。

その返事を聞いて、パロディは未だ悩んでいるようだった。願いを叶えるために人を殺すと言っても、自分にはそれ程の願いがない。ましてや、家族を手に掛けてでも欲しいものなど、今の彼には思いつかなかった。

けど、それでも。アーテルの言葉を思い出す。

 

"『僕らの権力全てを行使して君たちの中の1人の願いを叶えてあげる』"

"『願いを叶える以外にも権利を与える事もできるよ。そしたら君たちはゴミとしてではなく、1人の人間として、当然のように生きる事が出来る』"

 

パロディの頭の中で、ぐるぐると悪魔の声が反響する。本当に、本当に願ったもの何でも手に入るのなら。富も、名誉も、お金も人権も、形のないものでも手に入れる事が出来るのなら、俺は___

 

「!!ラーナ…!?」

「ラーナお兄ちゃん!」

「!?」

不意に、ニコラスとミアの驚いた声が部屋に響く。我に返ったパロディが急いでベッドの方へと向かうと、そこに眠るラーナは確かに目をうっすらと開いていた。

「良かった、起きたんや…!」

「………パロディ くん?」

「無理に動かないでくださいラーナ、まだ安静にしてないと…」

 

「ッ、ぁ、ううううう"ッぁぁあぁ、」

 

突如。ラーナはパッと目を見開いた後、頭を抱えるようにして唸り始めた。その異常な様子に驚きを隠せない3人と、すかさずラーナの背を撫でるニコラス。

「大丈夫です、落ち着いて下さい、ここは安全ですから、ラーナ!」

「ぁ、っ何で…僕たち、ぁ」

唸りの中で、ラーナは何事かを呟いていた。断片的に聞こえるそれが何を意味しているのかニコラスには分からなかったが、ただ兎に角。彼が落ち着くようにと懸命に声をかけた。

「みんな〜お昼ごは、……って…ラーナッ…?!」

昼食を届けに来たのだろう、そこへ現れたサビクとルーナは、ラーナの様子を見て形相を変える。バスケットをルーナに押し付けた後、サビクも慌ててラーナの元へと駆け寄った

「ラーナ、大丈夫だから息を吸って!」

「は、は、っ」

「大丈夫、大丈夫…」

サビクはラーナを抱きしめゆっくりその背中を撫でた。彼が落ち着きを取り戻すまでの間ずっとサビクはそうしていた。

数十分が経過した頃。ようやっとラーナの呼吸が落ち着いた。ニコラスが脈を測っている間、どこかまだ虚ろな瞳をしたままのラーナへミアが寄ってきた。

「…ラーナお兄ちゃん、いたいの?くるしい、の?」

「…………ミアちゃん」

「あのね、ミアね、おまじない知ってるんだ…ラーナお兄ちゃんが苦しくなくなるおまじない」

そういって彼女はその小さな手をラーナの手に重ねる。そしてその手を緩く撫でながら、優しい声でおまじないを唱える。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」

小さな少女によってかけられたおまじないが、本当に効力を持つものであるかは分からない。しかし今のラーナには冷静を取り戻すに十分なものだった。

「…ありがとうミアちゃん、落ち着いたよ」

「ほんと?もう元気?」

「うん、ミアちゃんのおかげだね」

「えへへっ!ラーナお兄ちゃん、おはよう」

心底嬉しそうな笑みでミアはラーナの頭を撫でる。ラーナは少しびっくりした後、ニコリと、優しく微笑んだ

「…脈も安定していますね、良かったです」

「ホーーント、一時はどうなるかと思ったよォ」

「ニコラスくんにサビクくんもありがとう。迷惑かけてごめんね…」

「借りとして今度おやつ譲ってよねぇ」

「ふふ、はいはい」

張り詰めていた空気が元通りになった。後ろで一部始終を見ていたパロディとエスピダはほっと、安堵の息を着く。

「びっくりしたね〜」

「まぁ…無事目覚めてよかったわ…」

ほっと胸を撫で下ろしてそう言った。先程の出来事のせいで、パロディの中でぐるぐると渦巻いていたモノは今やもうなりを潜めてしまったようだった。

…今はとりあえず、難しいことを考えるのはやめておこうと。キャッキャと楽しそうにはしゃぐ兄たちを見て、パロディはそう思うのであった。

 

✝︎◆✝︎ ✝︎◆✝︎◆✝︎

 

特に異変もないまま一日がゆっくりと過ぎていく。今は家族全員で夕飯を摂るために準備をしているところだった。各々が与えられた仕事をテキパキとこなしていた。

そんな中。束の間の日常を掻き乱す悪魔の声が、部屋全体ないし孤児院全体へ、キンという甲高い音と主に響き渡った。

 

『あーあーあー、コホン!ハロ〜みんなぁ〜元気にしてたかな〜?と言ってもまぁ、今朝お話したばっかだから久しぶり〜って感じでもないだろーけどぉ』

 

悪魔がやって来た。突如として響く不快なその音に子供達は一斉に警戒する。その場にいたシスターや神父も、幼い我が子達を守るようにぎゅっと抱きしめた。

『大丈夫、今日はみんなお利口さんにしてたから何もしないって、約束するよ。だからそう怖い顔しないで?』

相も変わらずふわふわとした掴みどころのない、言ってしまえば腹が立つ声色でアーテルは笑う

『今日は皆にビッグニュースがあって来たんだよー、コレを早くみんなに伝えたいがために僕ってば寝る間も食う間も惜しんで頑張ったんだからねぇ〜』

「…ご要件は如何程でしょう、アーテル様」

アーテルに噛み付いたのは神父だった。天蓋の関係者という事もあってか、一応"上司"への態度はわきまえているようだが滲み出る敵意を隠す様子は無かった。

『僕に指図〜?偉くなったモンだねぇお前。…まぁいいや。』

一瞬空気がピリッとした気がしたが、時間の無駄と判断したのであろう、アーテルは気にすることなく話を続けた。

『明日は皆お楽しみのデスゲームの始まりだからね、1回戦目の対戦相手を選んであげたよ』

デスゲーム。殺し合い。それは今1番聞きたくない言葉だった。しかも、対戦相手を決めた?子供達は不安そうに身を固める。

 

『それでは発表しマース!記念すべき第1回目のデスゲーム対戦者は〜、』

 

誰のものかは分からないが、ごくりと、生唾を飲む音が聞こえた気がする。

 

『エスピダくん、アーーーンド!ロゼちゃんで〜す!』

 

「……っは?」

「!」

「ちょっと待て、何でオレが!」

『おめでと〜2人とも!明日はきっと楽しい一日になるねぇ〜』

ロゼの言葉を遮るようにしてアーテルはケラケラと笑う。その発表を聞いて信じられないといった表情を浮かべたのは、ロゼだけではない、そこに居る誰もがそうだった。

ただ一人を除いては。

「…楽しい一日なる、ね」

エスピダはふむ、と考えるようにアーテルの言葉をぽつりと繰り返す。それに気づいたセシリアが不安を滲ませた瞳でエスピダの裾をくい、っと引っ張る

「……エスピダ、大丈夫?」

「お前も何かねぇのかよエスピダ!」

心配そうなセシリアと、納得のいかない様子のロゼ。そんな2人を交互に見つめては、クスりと笑いを零す。

「仕方ないよ、"神様"の言う事はきっと変えられないでしょ?」

「な、」

「どうせ何言ってもあのオッサン聞いてくれないだろうし」

『おい 今僕のことオッサンつった?』

「それならいっそ、」

エスピダが1歩、大きくロゼの前へと出る。ロゼは反射的に後ずさった。そうして2人の距離が急激に近まったその時、エスピダが呟いた。

「楽しんじゃおーよ、ロゼさん」

それは年相応な、無邪気な少年の無邪気な笑顔。しかしそれに嫌悪感を抱いたロゼは、ドンッとエスピダを突き飛ばす。

『話し合いオワリ〜?じゃ、ゲームは明日の朝から始めるよ!ルール説明とかはまたゲーム前にするから、今日はゆっくり休んでね』

アーテルがそう言うとぶつりと音が途切れた。その音は彼がいなくなった合図だった。

エスピダの、恐ろしいまでの純真な答えを聞いてその場の誰もが固まっていた。ロゼはエスピダを強く睨みつけて何事かを言おうとするが…口を閉ざす。あの笑みを見て、言葉が何も出てこなかったのだ。

「…部屋戻る」

「ろ、ロゼちゃん!ご飯は…」

「いい」

早々に立ち去ろうとするロゼにイソラが静止をかけるが無謀にもロゼはスタスタと2階へ戻って行った。辺りはまた静まり返ってしまった。

……アーテルの言うことが正しいのなら、恐らく明日誰かが死ぬ。信じられないけどきっと間違いない。そんな最悪な考えにたどり着いた子供たちは、恐怖か、悲しみか、不安か、或いはその全てか、全く別の感情か。様々な感情に胸を締め付けられる。

そしてただただ明日が来なければいいと、誰もがそう強く願うのだった。

 

 

✝︎◆✝︎ ✝︎◆✝︎◆✝︎

 

「全知全能の神様は孤独だね」

 

「全部わかっていながらそれを一人で抱え込んで」

 

「誰にも気づいてもらえないんだから」

 

「...どうしてこんなことしたの?」

 

「……まぁいいや」

 

「そこでゆっくり見てるといいよ 神様」

<\details>